伝統を守り拡げたい 面亀 朝倉涼介さん


〝熊手の生産量日本一〟を誇る老舗メーカー「株式会社 面亀」が所沢市にあることをご存知ですか?そして、〝日本一早い熊手市〟が「面亀」の地元、所澤神明社で行われていることをご存知でしょうか?
今回は、その「面亀」の代表取締役の朝倉涼介さんにお話を伺いました。

所沢の仕掛人。第9弾 面亀 朝倉涼介さん
「伝統を守り拡げたい」

VOL.9 Mr. Ryosuke Asakura ( Representative Director of MEN KAME CO.,LTD)

所沢の情報を発信する「所沢なび」では、「所沢の仕掛人。」をシリーズでお届けします。
このシリーズでは、「所沢を元気にする活動をしている人」にクローズアップしてご紹介していきます。


▲㈱面亀 代表取締役 朝倉涼介さん

 

1.面亀とは

(1)面亀の歴史

「面亀」は、明治3年から所沢で続く縁起物総合メーカーです。
創業したのは、朝倉涼介さんのご先祖様。初代の朝倉旭州さんは日本画家だったそうで、ひな人形づくりからおかめの面を考案して、明治3年1月に「面づくり」を生業としたことがはじまりだったそうです。面亀という会社名は、その創業者の幼名が「亀吉」だったことから「面亀」と名付けられたと伝えられています
その後、雛人形とお面の生産が盛んになり、3代目朝倉保信さんの代では全国での生産量70%を占め、またその3代目の技術力の高さから〝無形文化財〟に指定されました。

そして、熊手本体や部品、縁起物の製造を行い、現在も熊手では、全国生産量トップをキープ。今では、熊手や正月飾りのほか、福面、だるま、お神輿や山車などの祭り製品の企画製作もおこない、所沢の地で代々、日本伝統文化を紡いできた老舗、縁起物総合メーカーとして知られています。


▲2018年11月の酉の市「浅草千束」の出店の様子。面亀は、浅草、府中、石神井公園駅前など5店舗で出店

(2)朝倉涼介さんのプロフィール


▲みこしなど、お祭り関連の工芸品も製作しています

今年、先代の朝倉敏雄さんから「面亀」を引き継いだのは朝倉家の長男、朝倉涼介さん。
朝倉涼介さんは、所沢市旭町生まれ、旭町育ち。所沢小学校、所沢中学校、埼玉県立所沢北高等学校出身。中高生時代の部活はバスケット部。そして、成蹊大学工学部経営情報工学科で学び、その後、カナダのトロントに語学留学。帰国後、家業に入り修業を積み、約150年にも及ぶ伝統工芸を受け継ぐ会社の代表取締役として就任しました。来年(2019年)の元旦、朝倉涼介さんは、5代目として初の「日本一早い熊手市」の販売に立ちます。

2.インタビュー

(1)反発心から 工学部進学とカナダ留学へ


▲インタビューを受ける5代目朝倉涼介さん

成田:春に代替わりされたとのことですが、涼介さんは、何代目になるのですか?

朝倉涼介:今年の5月に先代から引き継ぎ、私で5代目になります。

成田:伝統工芸の老舗会社を継ぐという立場になるわけですから、幼い頃から帝王学のようなお父様からの教えはあったのでしょうか?

朝倉涼介:いえ、父から直接、継いで欲しいとか、こうしなさいとか、そんなことを言われた記憶がないんですね。周囲からは「5代目」と言われて育ちましたけれど。私が子どものころは、所沢市旭町に本社事務所と作業所も一緒にあったので、その作業所で職人さんたちが作っている光景が日常にありました。保育園や小学校から帰ってくると、必ずその作業所に立ち寄って、職人さんのマネして一緒に作ったりなんてことはありましたけれどね。


▲作業所の様子 2018年11月撮影 (お正月飾りの製作が行われていました)

成田:そのような経験から自然に家業にあこがれていかれたんですね?

朝倉涼介:結果的には、あこがれて継いだんですけれど、その頃は、あこがれてはいなかったと思いますよ。特に思春期の中学高校時代は、あこがれとは別の感情が生まれてきましてね。なんていうんですかね。勝手に自分の人生が決められているような印象があって、反発の感情が芽生えていました。だから、進路選択の時なんて、全然継ぐことを想定していませんでした。

成田:どんな進路を選ばれたんですか?

朝倉涼介:高校卒業後は、伝統工芸とはあまり関係がない、工学部で経営情報工学を学びました。プログラミングをしたりとか、経営にITの要素を取り入れるなどの研究の分野です。そういいう進路選択をしても、父は許してくれました。それで、さらに大学卒業後、もともと英語に興味があったので、カナダ留学にも行かせてもらっているんですよ。さすがに反対されるかと思ったのですが、お許しを頂いて・・・

 

(2)自国愛が芽生えた体験

成田:工学部を出て留学となると、ますます家業とは別の方向に行ってしまうと、お父様も周りもヒヤヒヤされたことでしょうね。

朝倉涼介:そうでしょうね。でも、カナダ留学が転機となって家業を継ぎたいと思うようになったんですよ。

成田:それはどういうことですか?

朝倉涼介:日本の外に出てみないと、日本のことも自分のことも気づかないということがありまして…。留学すると、いろいろな国の学生が集まってきていますから、世界各国の友達ができました。それで、いろいろな国の友達と議論になるのですが、みんな自国愛というか自分の国のことを自信を持って伝えてくるんですよね。そんな中で、私は語れるほどの自国愛もなく、聞かれても日本のことを伝えられず…。それって、とても恥ずかしいことだと思ったんですよ。

成田:比較的日本人は自国愛がない若者が多いといわれていますよね。

朝倉涼介:私も海外に出てみるまでは自国愛なんて意識したことなかったですからね。外国では、日本人1人の発言は、日本の代表みたい思われます。なのに自分の国や文化のことをうまく伝えられない。トルコから来た友人は、歴史的出来事の日本にはこういうことで助けてもらって、その借りを返すためにという感じで「エルトゥールル号遭難事件」の話をしていたんですが、その時の私はそんなことも知らなくて・・・。でもきっと、学校で習っているはずなんですが、覚えていないんですよね。
この留学の体験で、私は日本のことを考えるようになったと同時に、日本のことをもっと海外に伝えて行きたいと思うようになったんです。

成田:それで、一転して家業を継ぐことになったと。

朝倉涼介:そうなんです。自分の家業は歴史もあるし、一番、自分がやりたいことに通じているのかなと気づきました。生まれた時からずっと見てきたことが、そのまま商売になるわけだし、それを広めたり伝えたりする仕事が魅力的に感じました。それで帰国後すぐに家に入り、修業をしました。それから13年が経ちます。

 

(3)父は私の目標~信頼が伝統を支えた~

成田:先代から教わったことで一番印象にのこっていることはどんなことですか?

朝倉涼介:具体的に何をどうしろということは言わない人ですが、父の姿勢で一番見習いたいことは山ほどあります。例えば、父は仕事の面だけなく、商栄会や太鼓連の会長など地域のいろいろな会の代表をやっていたんですよね。それには、いつも多くの人が父を支えてくれていたんです。父には人をひきつけ、まとめる力がありました。

成田:お父様は人望があるのですね。それはお父様のどういうところだと思われましたか?

朝倉涼介:厳しい人ですが、とても思いやりのある人でしたね。自分に関わる人と信頼関係を結ぶのが上手。父自ら、人を信じてあげていましたし、人とのつながりをとても大切にする人でした。私もそんな父のような人間になっていきたいなと思っていて、私の今のひとつの目標になっています。
周囲の人に支えられてきた会社だからこそ、創業から約150年も続いているという事もあると思うんですよね。

(4)海外からの注文も

成田:5代目として先代を見習い受け継ぎ、そして、IT知識と英語力を生かして、〝所沢の仕掛人。〟として何か考えていることはありますか?

朝倉涼介:今後は、所沢から何かを発信していくということも、考えていかないといけないとは思いますが、今、私が第一と考えているのは、まず残すこと。新しいことを仕掛けていくというよりは、今の伝統をまず守り、それを拡げていくということが大切だと思うんですよね。今、あるものをどうやって伝えるか、どう感じてもらえるかというのを第一に考えたいと思っています。

成田:今、熊手や日本のお面など外国人観光客に人気という話もききましたが。

朝倉涼介:そうですね。日本全体的に外国人観光客が増えていますが、観光として訪れる神社や酉の市などに行った時に写真を撮り、その雰囲気をそのまま持って帰れるもの〝お土産〟として熊手を選ぶ方が多いですね。

成田:海外からの注文は多くなりましたか?

朝倉涼介:問い合わせはあります。検疫の問題でそのまま送れないものもありますが、対応はさせていただいています。先日は、ドバイで剣道の大会があるので、お土産に熊手を持っていきたいとのことで手配しました。海外で日本イベントをするのに、神輿やしめ縄を使いたいという相談も増えていますね。日本を知ってもらうためのアイテムの1つとして利用していただけるのはうれしいです。


▲ドバイに贈られた面亀の熊手

(5)日本で一番早い熊手市~お薦めの熊手の買い方~

成田:所澤神明社の熊手市が「日本で一番早い熊手市」といわれていますね。

浅倉涼介:本拠地の所沢では、所澤神明社で毎年1月1日の午前0時から境内で熊手を売り出しています。所沢の人に思うのは地元を愛する若い人が、所沢で店を開きたいという人が多いと思います。熊手は、起業している人がよく買ってくれますが、最近の所沢では、若い方が、毎年のように熊手を買いに来てくれます。

成田:熊手を買う時は、どのくらいの大きさがお薦めですか?

朝倉涼介:熊手は、飾る場所などを考えて選んでいただければ大丈夫です。大きくて目立つほうが、お店に箔がつく、ご利益が大きいと考えるお客さんもいますけれどね。すべての面亀の熊手は1つ1つ手作業で、家内安全、商売繁盛の願いを込めて作り上げているので、熊手の大きさは関係ないです。熊手を買ったから景気が良くなるということではなくて、その年の熊手をみんなが見える高い位置に飾り、それを見て「1年頑張ろう」と信じて日々生活してもらうことが大事です。お薦めは、熊手に守られていると感じて1年過ごしてもらって、昨年上手くいったので、今年は、もうひとつ大きいものを買おうかと、熊手を年々大きくしていくというのが励みになり、良い買い方だと思います。

 

 

  

成田:買うと手締めがありますね?

朝倉涼介:あれは買ったお客さんと私たち売り手が一緒にやるもので、3・3・3・1の手締めです。「3が3つで9。最後に1つ足して丸く納める」という意味があるんです。手締めをしたときに、交渉成立や商談成立という意味があって、買う時に商談が成立したわけですから、しっかりと手締めをして、丸く納めて、そこから1年がスタートするという意味があります。

成田:毎年、同じ時期に買い替えをするんですね。

朝倉涼介:そういう方が多いですね。販売に立っていると「昨年1年間、熊手にまもられて頑張れたよ」と言ってくれるお客さんが多いんですよ。1年に1回お会いするお客様。再び買いに来てお会いできるのも私たちの楽しみの1つです。ご商売がうまく行っている、頑張っているそんな姿やお客さんの言葉は、私たち、熊手の製作側にも励みになり、そのエネルギーが1年の製作にも反映されます。今年も多くのお客様に来ていただきたいですね。

日本一早い熊手市

【場所】所澤神明社 境内 所沢市宮本町1丁目2−4

【日時】毎年1月1日午前0時~

所澤神明社のホームページ

◆取材後記◆
製作の作業所を見学させていただました。取材させていただいたのは、11月上旬。そのころには、熊手づくりは終了し、お正月のしめ縄飾りの製作が行われていました。縁起物を製作する現場だけあり、作業所に入った途端、「陽の気」を感じることができました。20人近くの職人さんたちが、もくもくと1つ1つ手作業で製作しているのですが、雰囲気が明るい。その「気」のようなパワーが、しめ縄づくりに込められているように感じました。
毎年、地元所澤神明社では、除夜の鐘とともに「商売繁盛」「家内安全」と威勢いい掛け声とともに、3・3・3・1の手締めが響き渡っています。所澤神明社の販売から面亀さんの1年の仕事がはじまり、材料の仕入れ、製作を行い、全国の酉の市で所沢の面亀さんが作った伝統工芸品が売られ、熊手は、小さなものは500円から、大きなものは、2.5㍍もある立派な熊手が酉の市で販売されるそうです。よくみると、熊手にたくさんの縁起物が付けられています。熊手には運をかきこむという意味がこめられていて、それにつけられている様々な縁起物は、フクロウ、豚、招き猫、小判などそれぞれその思いが込められたもの。すべて手作りなので、まったく同じものというのはないそうです。新年に縁起をかついで自分の願いにあった熊手を探し、ひとつ手に入れてみようと思います。

2018年11月9日取材 成田知栄子

 



記事の執筆者プロフィール

成田 知栄子 Chieko Narita
成田 知栄子 Chieko Narita
ラジオ、テレビでの取材活動を経てフリーになり、ライター活動12年目を迎えました。情報は「人と人とを繋げ、生活をより豊かにする」をポリシーに、所沢の情報を近隣の地域に、そして全国へとお届けして、地域活性化につながればと思っています。ちなみに、所沢住民になって24年、趣味はバイオリン演奏、好きなタレントは「トコろん」です。よろしくお願いします(2019年1月)。

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