【クイズ】なんて読むでしょう??


今年の新しい試みで、所沢市内のことをクイズにしてみようと思います。

第一弾はこちら!

「何て読むでしょう??」

「日月神社」
所沢市と東村山市の境にある神社です。

「ひつき?」
「にちげつ?」

 

正解は・・・


「じつげつ神社」でした✨

 

<日月神社の由緒>
日月神社の創建年代等は不詳ながら、秋津村の鎮守社として創建したとも、東方の大堀山館の鎮守として創建したともいいます。秋津村が南北に分村してより北秋津村の鎮守社となっていたといいます。

日月神社<所沢市北秋津三六七(北秋津字峰際)>
柳瀬川を挟んで、秋津の地はあったが、明治期、川を境にして南北に分け、北秋津が埼玉県に、南秋津が東京都に属した。
当社は秋津の鎮守として創建されたと伝えられるが、後に南秋津が氷川社を鎮守として祀ったため、当社は北秋津の鎮守となった。社殿は古くは境内にある槻の根元に奉斎されていたが、後に境内へ盛り土を行い石段を設け、社殿を新たにした。

鳥居をくぐると記念碑があり

 

正面には社殿があります。

社殿横にある大きな枯れた木。

この槻は「蜻蛉(トンボ)の宿生木」として知られ、伝えによればこの地に住む殿様が無理ばかりいう人で、家来に「蜻蛉を自分の年齢だけ捕えてまいれ」と命じたが捕えた蜻蛉の数が一匹足りず、これを怒った殿様は家来を斬り、蜻蛉を一固まりに握りつぶして日月大明神の神木へ投げつけ「祠の主、神としての力があるならば、蜻蛉の固まりをこの木の宿生木としろ、できなければ祠を取り壊す」というとたちまち御神木から宿生木が生え、同時に殿様は啞となり二度と無理が言えなくなったという。また、この殿様は社の東方の大堀山館と呼ばれる所に住んでいて、当社は館の鎮守として祀られたともいわれる。

【秋津】
日月神社のある地域の名称であるが、古来、蜻蛉のことを秋津と呼んでおり、おそらく上記の伝説に唐突に登場する蜻蛉の存在と大きく関係していると考えられる。
祭神は大日孁貴尊(おおひるめのみこと)と月読尊(つきよみのみこと)である。境内末社に御嶽社・稲荷社・愛宕社があり、飛び地境内社として東原井に八雲神社がある。
江戸期にあっては真言宗持明院持であったが、明治に入ってからは鳩峰八幡社社家の嶺家が代々祀職を務め、現在嶺崇が奉仕している。(「埼玉の神社」より)

 

 

右横の階段を上がり裏手に回ると意外と大きな社殿でした。

さらに上ると先程の境内社があります。

 

社殿へ行く途中に、お正月飾りが集められていました。

 

日月神社がある交差点には「あきつやまゆり保育園」があり

現在工事中のこちらにはコンビニエンスストアができるそうです。

所沢駅から清瀬駅を繋ぐ路線バスでも行くことができます。
(本数が少ないのでご注意下さい。)

 

「日月神社」
鎮座地:所沢市北秋津367



記事の執筆者プロフィール

所沢なび編集部
所沢なび編集部 ライター
2010年8月に所沢プロペ商店街に立地します商業施設「所沢サンプラザ」のメンバーにて設立しました。2011年3月の東日本大震災を機に、正確な情報発信の大切さを改めて実感し、本格的に活動を開始しました。

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