【とこたまラジオ】航空記念公園ボランティアガイドツアー


こんにちは。所沢がイイんです!たまこのラジオ放送局のDJたまこです。

所沢市による「所沢観光コンシェルジュ」ガイドツアーに参加しました。
春の所沢市内街歩きツアーに続く、今回の秋ツアーは「所沢市民が選ぶ所沢の好きな所ナンバーワン(とこたまラジオ調べ、、、??)」の、

『航空公園ツアー』です。

航空発祥の地と呼ばれている所沢。
航空公園は日本で初めて飛行場ができた場所です。日本で最初の滑走路跡や飛行場にまつわる史跡が今なお数多く残されています。今回も元気で明るいガイドの中村さんと一緒に、公園内の自然も楽しみながら、ウォーキングツアーへ出発です。

→ ラジオを聞く(前編)

 

ガイドの中村さんと巡る所沢航空記念公園ツアー

中村さん、今日もガイドツアーよろしくお願いします。
中村さんは現役時代のお仕事が航空関係だったということで、航空公園については専門家なんです。


中村さん「飛行機のことなら何時間でも話せるよ!」(笑)

 

中村さん、教えて!所沢でよく聞く「アンリ・ファルマン」って何ですか?

航空公園駅で待合せしたツアー一行は、駅構内にある「アンリー・ファルマン」ショップへ。この駅には3つの「アンリ・ファルマン」という名前が付いたお店「パン屋さん」「カフェ」「物産店」があるんです。
駅の「アンリ・ファルマン」で待ち合わせするときは注意してくださいね!

さて、この「アンリ・ファルマン」とは何(誰)でしょうか?

答えは航空公園駅舎の外観にありました。
1911年に日本で初めての「飛行場での」飛行に成功したのが、このフランス製複葉機「アンリ・ファルマン」号でした。そしてこの飛行機を製作した『ファルマン航空機製造企業』を設立したのがフランス生まれのイギリス人、アンリ・ファルマンさんなのです。


「航空公園」駅舎の外観をよく見ると、時計の針はプロペラ、そして建物自体が飛行機の両翼のデザインになっています。


美酒「安里春満」(アンリ・ファルマンと読む?)は「アンリ・ファルマン」ショップで絶賛販売中!

 

駅前のモニュメント「イマジネーションカーペット」は風に弱かった!

“イマジネーションカーペット”と名付けられた、児島由美子氏製作の現代デザインのモニュメントです。
なぜ風に弱かったのかは、ラジオを聞いてみて下さいね。

→ ラジオを聞く(後編)

たまこ「中村さん、てっぺんにスペースシャトルついてますよ!」
中村さん「あれは想像の未来の旅客機です」
一同「なるほどー!」

 

航空公園駅前のシンボル「YS-11型旅客機」


戦後日本で初めて開発された純国産の旅客機です。
機種名であるYS-11の「YS」は、「輸送機 Yusoki」と「設計 Sekkei」の頭文字「Y」と「S」を取り、YS-11と名付けられました。
「YS」はまさかの、日本語ローマ字読み!!


ここで中村さんからクイズ出題!このYS-11はどうやって、この駅前にやってきたんでしょうか?
まさか空飛んで来ることは出来ませんよね。答えはラジオを聞いて下さいね。

 

ここが所沢飛行場滑走路だったんです!


現在の時計塔を超えて長さ400m、幅50mの滑走路がここに存在していました。


1911年の所沢飛行場での初飛行は、ライト兄弟による1903年の世界初の有人動力飛行からわずか8年後の出来事でした。
すごいぞ、所沢飛行場!

 

イケメンのフォール大佐は日本大好き!


日本の航空技術の発展のために、フランスから派遣された技術者集団の団長、ジャック・ポール・フォール氏の銅像です。
日本滞在は1年9ヶ月におよび、航空教育、技術の指導、組織などの当時の日本の近代化にも大きな貢献を果たしました。


また、フォール大佐はじめ使節団は、所沢の街に繰り出したので、西洋料理や飲食店が次々と開業して、文化生活の面でも所沢の街が活気づきました。特に今も有楽町にある「割烹三好」(1882年(明治15年)創業)はフォール大佐もよく通い、フランス料理を食べに行っていたんですって!今もフォール大佐にちなんだ「フォールカツレツ」というメニューがあるんです。

(割烹三好リンク先: https://kappoumiyoshi.com/about/ )

 

昔の飛行学校の跡がこんなにたくさん残っていました


この像は彫刻家の長沼孝三氏による「少年飛行兵の像」です。昭和19年に所沢航空整備学校内にあった「建空神社」の参道に建立されました。かつては学校や神社もこの地に存在していたんですね!

 

鳥居の跡がありました。教えてもらわないと気づきませんでした。このまま真っ直ぐ下りて行くと、、、


神社へ続く参道の石の階段がありました!たまこが普段走っているランニングコースのすぐ脇にこんな史跡があるんですね。

 

所沢でダンシングパーティ

戦後の昭和20年、所沢の町は基地の町となりました。そして昭和25年の朝鮮戦争勃発に伴い、所沢基地は米軍の車両、兵器の修理と保管のための兵器廠となりました。
その後、基地は段階的に返還され、現在は残りの3割ほどが米軍の横田基地の通信基地として使用されています。

そのまま残っている CLUB PARKING LOT(駐車場)のサイン。
かつてはこのサインの付近に米軍の方の憩いの場、ダンスホールがが存在していました。公園内にバスケットボールコートが残っているのもその名残りからのようです。

 

航空公園は紅葉も楽しめます🍁

ちょうど紅葉シーズンだったので、こんなきれいな風景も楽しめました。
この写真、京都じゃないですよ、所沢ですよ(ホント)!

 

ボランティアガイドの中村さんのおかげで、私達の暮らしにとても身近な所沢航空記念公園の、たくさんの物語を知ることができました。
日本初の飛行場からアンリ・ファルマンが飛んだ瞬間、どんな景色がパイロットの目に入ってきたのかな。。
いろいろな想いを馳せながら歩く航空公園は、今までとは少し違って見えてきそうな気がします。

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*所沢航空記念公園 http://www.parks.or.jp/tokorozawa-kokuu/

*所沢がイイんです!たまこのラジオ放送 http://podcast.coco-on.info/?cat=56

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