コロナ禍の元公務員の挑戦!移動式子ども食堂で一人でも多くの子どもたちを笑顔にしたい
調理風景
初めに
新型コロナウイルス(コロナ)によって私たちの生活は一変しました。それは、子どもたちや子どもを育てる親たちも同じ、仕事の面、教育の面、それから家庭生活の面と、ありとあらゆるものを変えてしまいました。
その子どもたちに料理を通して笑顔になってほしいと、コロナが猛威を振るい始めた2020年3月に東京都小平市の職員を退職し、2021年5月に子ども食堂を立ち上げた方がいます。
今回は、その方が所沢近隣地域に立ち上げたという、他とはちょっと違う特色を持つ「子ども食堂」を紹介します。
1.料理を通して一人でも多くの子どもたちを笑顔にしたく、退職を決意
田中さん
昨年5月に移動式子ども食堂『カモミール』を埼玉県所沢市の近隣、東京都小平市で立ち上げた田中貴子さん、一昨年の3月まで23年間小平市職員として小学校で給食を作っていました。
ではなぜ、長きにわたって務めていた公務員の仕事を辞めようと思ったのでしょうか。
それは、体力的や精神的に負担が大きかったこともあって、以前からやりたいと思っていた子ども食堂を始めるためです。
子ども食堂をやりたいと思ったきっかけは、小学校にはいろいろな家庭環境の子どもたちがいて、すべての子どもたちが恵まれた環境にいるわけではなく、その子たちと接する中で、自分にできることはないかと考えるようになり、さらに料理を通して子どもたちを笑顔にできれば、と感じたことからでした。
とはいえ、経済的には辞めるべきか続けるべきか悩んだそうです。それでも、子ども食堂への強い思いから「今がその時だ」と、決断しました。
2.退職直前には新型コロナウイルスが襲い、移動式子ども食堂『カモミール』の開店初日は緊急事態宣言が延長に
調理室からの眺め
子ども食堂を始めるために退職を決意した田中さん。その田中さんを、新型コロナウイルスが襲います。退職直前の3月には学校が一斉休校となり、その翌月には全国7都府県に「緊急事態宣言」が発令されました。
そのとき田中さんは、
「緊急事態宣言は、これから何をどうすべきか考えるのにはちょうどよい時間だと思いました。また、自分磨きのために使ってきました。そのため、この時間は神様が私に考える時間をくれたのだと感謝しました」と、前向きに捉えたそうです。
退職後から昨年5月の移動式子ども食堂『カモミール』の立ち上げまでの間は、他の子ども食堂でボランティアをしていました。コロナの影響が続く中でも、「立ち上げの時期はきっと自然にやってくると感じていた」と、希望を失うことはなかったそうです。
その立ち上げのときが、昨年5月にやってきました。
きっかけは、コロナの影響により困窮家庭が増えたことで、「今だからこそ、立ち上げなければならない」と大勢の皆さんが背中を押してくれたことです。
(画像:『カモミール』提供)代表挨拶
初日の5月19日は緊急事態宣言が解除される予定でした。しかし、延長されてしまい、それでもこの日にやると決めていたので日程を動かすことはなかったそうです。とはいえ、居場所の提供まではできない状況だったため、市内にある公民館を移動してお弁当を提供するスタイルにしました。
その時の心境を振り返って田中さんは
「正直、当日までどうなるか気がかりではありましたが、戸惑いはありませんでした。迎えた初日はドキドキとワクワクの両方の気持ちがあって、終わった時はたくさんの皆さんのご協力があって開店できたことに感謝しました。」
お弁当を提供し終えたあとの和やかな雰囲気
3.移動式子ども食堂『カモミール』の3つの特徴
移動式子ども食堂『カモミール』のフラッグ
移動式子ども食堂『カモミール』の特徴を紹介する前に、みなさんは「子ども食堂」とはどんなものをイメージするでしょうか。
私は、取材前は「一つの場所に集まってみんなでご飯を食べる場所」という漠然としたイメージでしたが、取材を通して運営者ごとに、提供の頻度・場所・内容等、いろいろな形があることを知りました。
「子ども食堂」とは、NPO法人全国こども食堂支援センター「むずびえ」によると
子どもが一人でも行ける無料または定額の食堂
とされています。
NPO法人全国こども食堂支援センター「むずびえ」のHP
こども食堂について – むすびえ (musubie.org)
では、移動式子ども食堂『カモミール』の特徴とは?
その1:元給食の先生が作るお弁当
その2:移動式子ども食堂
その3:ボランティアさんが活動しやすい環境
それぞれについて、順番に説明します。
4.子どもたちが食べやすいものを
キラキラカレー
~その1:元給食の先生が作るお弁当~
小平市内の小学校で約20年間、給食を作っていた田中さんが「食べてもらえなければ意味がない」との意識で、子どもたちが食べやすく、バランスのよいご飯を作っています。
高校生以下は無料、大人300円でお弁当を来た方に提供しています。
その評判を親御さんやお子さんたちに伺いました。
真っ先に上がったのが、「美味しい」です。
その言葉に田中さん
「次につながるとてもありがたい言葉です。スタッフ同士の士気もあがりますよね。次も頑張ろうって!!」
(画像:『カモミール』提供)お弁当
これまで提供してきたお弁当には、子どもたちに人気の「わかめご飯」や「カレーライス」、それから聞きなれないメキシコ料理の「チリコンカン」やタイ料理の「ガパオライス」があります。また、見た目の彩りが鮮やかで、食欲をそそるものばかりでした。
そこで、メニューを考える上で意識していることを3つ田中さんに伺いました。
その1 子どもたちが食べやすいものを作ること
「提供して食べてもらえなければやっている意味がない」との意識で作っています。
その2 苦手なものでも食べてもらうこと
そのために、見た目のきれいさとかわいらしさを常に意識しています。
その3 美味しいと言ってもらえること
プロとして、また他のスタッフの士気向上のために意識しています。
(画像:『カモミール』提供)夏には小平特産のブルーベリーをデザートに
(画像:『カモミール』提供)お弁当
お弁当は100~150食と、たくさんの量を提供しています。それは、「より多くのみなさんにお届けしたい」との思いから来るそうです。
ゼリーのつかみ取り
他にも「息子が『カモミール』の日は楽しみで早く帰ってくる」や「学校が休校になって食事作りが大変だった中で助かった」等、好評の声が数多くありました。また、開店前から嬉しそうに順番を待つ子、ゼリーのつかみ取りを前に自然と笑顔になる子、それから「これはいいですね」と、『カモミール』の様子を写真に撮られていた学校関係者の方もいらっしゃいました。
5.居場所の提供がむずかしい。それなら、自分たちが会いに行こう
ポスターと調理風景
~その2:移動式子ども食堂~
移動式子ども食堂『カモミール』の提供の仕方で忘れてはならないのが、全国でも珍しい移動式であることです。
移動式とは、市内のいろいろな公民館で調理した料理をお弁当に入れて、さらに公民館やその周辺で配るスタイルです。
それは、コロナのために居場所の提供まではきびしい。しかも、公民館は提供時間の17時半前に閉まってしまう。それでも、緊急事態宣言中に始めるにはどうしたらいいか。を考えた中で、この案が浮かんだそうです。
100~150人分を毎回異なる調理環境で作るのには、電源トラブル等の問題は付きもので、それが起こった中でも臨機応変に対応していたそうです。私が取材した日は大きなトラブルはなく落ち着いた様子でしたが、配布時間に追われ戦場のようになる日もあったそうです。
ただ、それらの苦労の中でも
「全国でも珍しい移動式です。
こんな形でもできることを証明できたと感じられたので、やってきてよかったと思います」
また、いろいろな公民館で調理し、運ぶ大変さがあったけれども、それによって子ども食堂がない地域の方々にも食事を提供できたのもやってよかった。と感じられたことの一つだそうです。
これまで市内の11箇所の公民館中5箇所を回っており、今後も新しい公民館へ行って少しでも多くの地域のみなさんにお弁当を届けていく予定です。
調理風景
調理風景
6.自分だけではできなかった。この半年以上『カモミール』ができているのは支えてくれるみなさんのおかげ
調理風景
~その3:ボランティアさんが活動しやすい環境~
取材にあたって、調理から配布までの一連の流れに密着させていただきました。
私が調理室を訪れると、「はじめまして」と、田中さんが元気いっぱいの笑顔で迎えてくれました。
そのあとも、何度も何度も優しい笑顔で声を掛けてくださって、この日が初めての私でもまるで以前からここの場にいるかのように感じさせてくれました。
他のボランティアさんも同じように感じられていたようで、
メンバーの大学生のボランティアさんも
「初めて参加した時に緊張していたけれど田中さんが温かく迎えてくださったので、次も参加したいと思った」
取材の日に初めて参加されたボランティアさんが
「皆さんが受け入れてくださるので、溶け込みやすかった」
と、話していました。
取材日に初めて参加されたボランティアさんに声を掛ける田中さん(左)
年齢問わず、初めてのボランティアさんでも参加しやすい移動式子ども食堂『カモミール』。
なぜそう感じさせるのか。その理由について田中さんの言葉からも感じることができました。
「たくさんのみなさんのご協力がなければ、『カモミール』はやっていけません。みなさんのお力を借りられることは心から感謝です」
さらに、
「せっかく時間を割いてきてくれるボランティアさんの思いを大切にしたい。そして、みなさんが楽しい時間を過ごしながら、やってよかったと思えるような環境づくりは代表としては当然のことだと思います」
田中さんは意識して、ボランティアさんがここで過ごし、「参加してよかった」と思える環境づくりをしていたのです。
また、開店からの半年以上の間に、田中さんの中学や高校の同窓生の活動協力、それから地元の方や様々な地域の方から食材と場所の提供等のご協力に支えられてきたそうです。
その方に対して
「感謝の気持ちを伝えることは当然のことです。いただいた時はもちろんお礼をすることは当たり前だし、使わせてもらった時はご報告をすべきだと思っています」と、話していました。
その田中さんが人と関わる上で意識しつづけていることは、「自分が相手の立場になった時、してもらえるとうれしいと感じること」で、実際に体現されていることも周りの方の話や私が田中さんと接する中で感じました。
調理風景
7.これまでの振り返りとこれからの展望
昨年の5月にオープンした『カモミール』
これまでを振り返って感じていることを、田中さんに3つ伺いました。
Q1:これまで振り返って何を感じていますか。
「やってよかったという満足感」
Q2:半年以上続けてきて、今『カモミール』は誰にお弁当を届けたいですか。
「食事に困っているみなさん。現在、生活のために高齢者施設で働きながら移動式子ども食堂『カモミール』の運営をしていますが、一人暮らしのお年寄りが食事に困っていることを耳にしています。だからこそ、お子様がいる家庭だけではなくて、一人暮らしのお年寄りやその他の方にもお弁当を提供できたときにも『カモミール』をやっていてよかったと実感しました」
Q3:今後の方向性とやりたいこと
「これからの状況を見ながら、できることをできるだけやっていくこと。居場所の提供は、必ずやりたい。さらに、『カモミール』がより多くの人たちに認知されることで、その地域に住んでいる人が自分でも子ども食堂の運営ができるかもしれないと思ってもらえることで、より多くの人たちが救われるのではないかと考えています」
移動式子ども食堂『カモミール』はこれからも継続して食事を提供していくためにNPO法人を目指しています。昨年12月に東京都へ申請し、現在はその審査結果を待っている状況だそうです。
8.終わりに
調理をする大学生ボランティアさん(左)
先に挙げた大学生のボランティアさんは、取材した日に就職先が決まったそうです。その報告に、この場の雰囲気が一気に明るくなりました。
そのお仕事とは子どもを支援するものです。元々その夢の実現のために大学に進学し、在学中も子ども関係の勉強をしてきたそうです。
移動式子ども食堂『カモミール』に参加する中で
「これまで知らなかった家庭環境で生活されている子どもの存在を知ることができました。この経験を4月からのお仕事に活かしていきたい」
と、希望を胸に膨らませていました。
取材した日に一緒に提供されたグッズ
小平市社会福祉協議会の方の話によると、田中さんのように「コロナ禍だからこそ何かできないか」という声が寄せられていて、その思いある方々が地域にどう根付くのかを支援しているとのことです。
NPO法人「全国こども食堂支援センター・むすびえ」によれば、子ども食堂の数は全国的にもコロナ禍以前である2019年の3,718箇所から2020年は4,960箇所(前年の30%増)、さらに2021年は6,007箇所(前年の20%増)と増えています。
昨年立ち上がった移動式子ども食堂『カモミール』の花言葉は「逆境で生まれる力」「友情」「あなたを癒す」です。こんな時だからこその思い、たくさんのみなさんに勇気を持ってもらいたいとの思いで名づけられました。
また、取材日に初めてボランティアに参加された方は、料理研究家で「子ども食堂に興味があります。ただ、自分で立ち上げるのは大変さもあるので、Facebookで発信されている情報を見て今回参加することにしました」と、話していました。
ボランティアさんと一緒に調理する田中さん(手前)
今年に入ってコロナの感染が急拡大し、1月27日時点で「まん延防止措置」が34都道府県に適用されています。
この中で、子どもたちをはじめ、食事に困っているみなさんへお弁当を届けるために、移動式子ども食堂『カモミール』は今も開店しています。
コロナの状況によっては場所が変わる可能性もありますので、最新の情報は、Facebookページをご覧ください。
カモミール(子ども食堂) | Facebook