商店街のにぎわいづくりのために 大木敬冶さん


所沢の仕掛人。第10弾

〝商店街〟といえば、地域の一等地にある地域の経済活動の中心で、戦後の復興期から高度成長期にかけては「町の顔」として地域住民の生活には欠かせない存在でした。しかし、近年は大型商業施設やネット販売の進出により、その役目も全国的に変化しています。
今回は、長年商店街の運営に関わってきた、埼玉県商店街振興組合連合会理事長で、所沢商店街連合会会長の大木敬治さんにお話を伺いました。

所沢の仕掛人。第10弾
大木敬冶さん「商店街のにぎわいづくりのために」

VOL.10 Mr. Keiji Ohki ( President of the Tokorozawa shopping street association )

所沢の情報を発信する「所沢なび」では、「所沢の仕掛人。」をシリーズでお届けします。
このシリーズでは、「所沢を元気にする活動をしている人」にクローズアップしてご紹介していきます。

2018年12月10日取材 成田知栄子


▲埼玉県商店街振興組合連合会理事長で、所沢商店街連合会会長の大木敬治さん

 

1.(1)大木敬治さんのご紹介

大木敬治さんは1996年~2014年の18年もの間、所沢プロペ商店街振興組合理事長として、さまざまな商店街事業を仕掛け取り組んできた人物として知られています。
大木さんは、神奈川県生まれ。幼少時代、所沢に移り住んできたそうです。現在のプロペ通りで両親が大衆食堂を営み、12才のころ父親が他界。母親が店をきりもりし、1983年(昭和58年)に食品関連会社の代表取締役に就任。現在もご自身の会社を営みながら、長年の経験を活かし、埼玉県の地域商店街のにぎわいづくりに尽力されています。

(2)埼玉県商店街振興組合連合会とは

所沢・川越・川口・秩父などの埼玉県内18の商店街振興組合(会員数1120名)からなる組織です。各地の商店街振興組合は、法人格を持ち、商店街振興組合法に基づいた組織として商店街の近代化を図り、まちのにぎわいづくりに取り組んでいます。所沢市には所沢プロペ商店街振興組合と和ケ原商店街振興組合があります。

(3)所沢商店街連合会とは

現在は市内31商店会(任意組合が多数、会員は1275店)から構成される任意の連合体です。商業振興を目的とし、昭和47年設立されました。所沢商店街連合会も含む県内10商店街連合会で構成しているのが、埼玉県商店街連合会(昭和53年設立、所属商店街322、会員数1万1165名)で、県内の商店街活性化のため埼玉県商店街振興組合連合会とともに商業振興事業に取り組んでいる組織です。

 


2.インタビュー

(1)所沢プロペ商店街の変遷

成田:大木さんは、長年プロペ商店街を見てこられましたが、昔はどのような商店街だったのですか?

大木:今の「所沢プロペ商店街」は、〝所沢で一番の商店街〟といわれていますけれど、昭和20年代は、周囲にぺんぺん草が生えているような何にもない場所もあり、通りの名前もついていないような場所でした。昭和30年~40年代に小売店・スーパーが出店し、「所沢駅前名店通り商店街」という名前になり、昭和55年に「所沢プロペ商店街」と、今の呼称に変えたのです。


▲1972年(昭和47年)の写真:プロペ商店街は「駅前名店通り商店街」という名前だった

▲平成22年の商店街の様子
※過去の商店街の写真は、野老澤町造商店 三上博史さん所有のもの


成田:商店街の運営には、いつごろから関わるようになったのですか?

大木:商店街の運営に関わり始めたのは、昭和51年です。埼玉県から近代的な商店街活動をするうえで法人格を取得した方がプラスになるとの勧めで、当時の先輩たちが商店街振興組合として法人化する時に、若手の理事として声をかけられてお手伝いをはじめたのがきっかけです。昭和53年に「所沢駅前名店通り商店街振興組合」と法人化しました。都市間競争の時代に入るといわれ始めていましたので、商店街を繁栄させるにはどうしたらいいかなど考えていくようになりました。

(2)「所沢プロペ商店街」誕生の舞台裏

成田:もう40年以上も前から商店街の運営と関わってこられているんですね。これまでで印象に残っている事業は何でしょうか?

大木:いろいろありますが、商店街の名前の改称が一大事業でした。駅前名店通りなんて、全国にいくらでもありそうな名前でしたから、法人化してから、商店街活性化のために何かをやろうかということになった時に、ありきたりの名前ではどうもすっきりしない。それで、商店街のネーミングを一般から募集して、改称しようと考えたわけです。

それには、話題づくりも必要ということで、「賞金30万円あなたがひとりじめ?ひらめき募集中」というキャッチコピーをつけたチラシを作りました。理事会では、懸賞金が高額すぎると非難の声も出てもめましたが、結局はその懸賞金の大きさもあって反響を呼び、6517通と予想以上の応募がありました。

成田:それほど多くの中から、「プロペ」という名前が選ばれたんですね。

大木:ネーミングを選ぶ基準3点を私が勝手に作った企画案を承認してもらったうえで募集をはじめ、基準に沿って6案くらいに絞りこみましたが、「プロペ」はお一人だけでした。最終決定された理事長は、軍隊に行かれたこともあって、所沢に飛行場があったことや町の歴史をご存知で「所沢は航空発祥の地だから、所沢の歴史や特徴を表現した良い名前だな」と言っていただきました。初代理事長が先見性のある方で、感謝しています。

成田:ネーミングを変えてから商店街に何か効果を感じましたか?

大木:お客様からはそれほど変化を感じることはなく、むしろ、会員店から「なんでこんな名前を付けたんだ、戦争を思い出す」とおしかりを受けるばかりでした。「航空発祥の地」を「戦争」と結びつけたイメージにとられる方が多かったようです。

成田:今では覚えやすく親しみを感じると思われている方が多いと思いますけどね。

大木:商店街のほうも、改称してから4年間くらいは「プロペ」という名前を市民の皆さんに覚えてもらうことに力を注ぎ、商店街のイベントや企画をいろいろ行いました。商店街の街灯放送で子ども向けに〝プロペって知ってる? プロペってプロペラのプロペ″を再三繰り返しましたので、今も覚えていらっしゃる方もいますよ。

中には失敗だと批判された企画で「プロペにご縁がありますように」とチラシに5円玉を張って配ったんですけれど、たいていの人は5円玉だけとってチラシは捨ててしまうという結末だったんです。そんなことを試行錯誤しながら、5年ほど経ってようやく「『プロペ』っていい名前だよね」という声が聞こえてくるようになり、商店街の名前も浸透してきたかなと感じられるようになりました。


▲インタビューに応じる大木敬冶さん

(3)組織のリーダーに必要な要素とは

成田:商店街の運営は、ご自身のご商売もある中でされるので大変ですよね。

大木:商店街の会長や理事長は、かつてはやりたいという人が多く、みなさん、それなりのステイタスを感じてやられていると思うのですが、長年いろいろな商店街を見ていて思うところは、商店街の理事や会長になって、会員店にプラスになる事業をやってみたいという想いがある方ばかりではないんですよね。役職名だけ欲しいということでは、たいていの場合、その商店街は停滞していくと思いますよ。

商店街の役員を務めるなら、これをやってみたい、あれに取り組んでみたいなど、展望を持って欲しいなと思います。組織の中で何か良くしていこうとか新しいことをはじめようとすると、必ず反対意見はあるものです。反対を受けながらでも自分のビジョンを伝えて、進めていく。費用がないからできないとか、前例がないからできるわけがないとか、できない理由ばかりを考えないで、やる理由を考えることが大事です。

(4)「大木伝説」あれこれ

成田:大木さんは、これまでいろいろな事業に取り組まれてこられて、ちゃんと結果を残されているので、おっしゃることに重みがあります。それが今でも「大木さん伝説」として伝えられていることも多いんですよ。中でも「所沢まつり」が今では20万人以上も集まるお祭りに成長したのも、大木さんのアイディアが転機になったと伺っています。

大木:そういう風に言っていただけるとありがたいですが、お祭りを変えたいと思ってきた多くの方のエネルギーが溜まっていた時機と重なったのでしょうね。かつては、以前から関わってきた祭りの関係者しか参加できないような雰囲気で、閉鎖的なまつりのイメージがありました。お客様が集まらないし、なんとかしたいなと思っていたんです。やっぱりお祭りは、にぎやかにすることで盛り上がるし楽しくなりますよね

ところざわまつりは昔から山車祭りだから、伝統を損なわずに何か広げるとなれば、中心市街地外部からも参加してもらえるような「お神輿もあればいいんじゃないの」ということで日栄会(所沢日栄会協同組合)で準備をすすめました。

お神輿だったら、子どもさんが参加できるようにしたいと思いましてね。そのころ、環境問題も取りざたされはじめていたので、不用品をリサイクルした「手作り子どもみこし」を提案し、所子連(所沢市子ども会育成会連絡協議会)や小学校PTAのお父さん、お母さん、先生たちも加わって進められました。平成のはじめのころは、PTAも元気のある時代でしたから、ちょうどいい時に「子どもみこし」ができたんです。現在は、保育園が参加してくれています。


▲子どもみこし 2017年の様子

そして、そのころ、商店街の役員も若い人が多かったものだから、当時、専務理事だった根岸さんの発案で「女みこし」もつくろうという話になり、一代目は「ギャルみこし」でやったんだけれど、ちょっと色気がありすぎて。お母さん方からみて、あまりふさわしくないと言われるんじゃないかということもあって、本当に祭りを知っているまつり好きの女性にみこしをかついでもらう、正統派の「女みこし」にしようということに変わり「彩女會」が誕生しました。それが、もう28年も続いていますよね。感謝です。


▲2016年所沢まつり写真コンクール 大賞受賞作品/戸室敬子作 <最高潮>

成田:「手作り子どもみこし」と「女みこし」の誕生をさせたことが、ところざわまつりの発展につながったのですね。プロペ通りのマップも作られたのも大木さんの時代だったとか。

大木:ところざわまつりを劇的に変えたのは、所沢商工会議所青年部の提言や活動です。暴力団対策法の制定に絡んで、露天商排除が決定したことを受け、屋台村を誕生させたこと、晴天の多い10月になったこと、商工祭から市民のお祭りに位置づけが変わったことが大きいと思います

プロペ商店街マップは作られていたことはありましたが、単発で終っていました。若手理事の発案を試行錯誤しながらプロペタウンマップとして毎年継続したのは良かったと思っています。プロペ会員店と商店街のアピールに主眼をおきましたが、お客様に便利なように電車の時刻表を載せ、小さく折りたためて6cm×9.5cmのサイズは持ち歩くのに喜ばれました。タイムリーな話題に合わせて、表紙を毎年考えるのは面倒でもあり、楽しみでもあり、店内に置いたマップの減り方がいつも気になりました。

成田:プロペ通りの電線の地中化は、あの当時、まだ珍しかったですね。

大木:そうですね。平成元年に完成したんですが、これには3年くらいかかっているんですね。これが所沢プロペ商店街の礎を作ったような気がします。電柱を撤去し、電線の地中化とともにスペイン産の御影石を街路として使って、街路灯も新しくしました。

このころ、都市間競争で他の地区との差別化が何よりも大切と考えられていましたし、プロペのテナントさんや地域の大型店の考え方もお聞きする中で、商店街も変わっていかないと生き残れないということで進めた事業でした。

また、川越に追いつき追い越さないといけないと、いつも対抗心を抱いていました。川越は、新聞でもラジオでもテレビでも必ず取り上げられていますし、お祭りの規模でも川越には敵わない。その当時、川越でも電線の地中化計画を進めていましたので、なんとかそれよりも早く所沢で実現させようということで、役員一同、躍起になって取り組みました。結果、こちらのほうが先に地中化ができたんですよ。

成田:それには大きな苦労もあったと思いますが。

大木:最大の問題は、プロペ通りで電柱を撤去し、電線を地中化できる条件はゼロでした。あったのは、役員のやる気のみで、それでできちゃったんだからトライしてみることですね。

悩みは、商店街が実施する事業費の工面です。国の高度化資金を借りるには役員全員の連帯保証を求められましたが、ここで役員の意識が随分変わり、残念ながら理事が一人辞任しました。国からの借り入れは数年前に完済しましたが長かったですね。

プロペの理事長として最大・最後の仕事は平成25年に「商店街まちづくり事業」として滑りにくく歩きやすい特殊舗装街路工事でしたが、施策に助けられました。全国のやる気のある商店街が恵まれたことは言うまでもありません。

成田:そういった商店の方々の身を挺した活性化への取り組みのおかげで、私たちの地域の生活環境も整えられているのですね。

大木:残念なことに、誰も「プロペはよくやってるね」と褒めてくれるような人がいないんですよ。プロペ通りが歩きやすく、きれいになっていても、みなさん、市が全部やってくれているんだと思っているんですよね。(笑)

(5)商店街の活性化に必要なこと
「課題を克服するチャンスを逃さない」

成田:商店街を活性化するために必要なことってどんなことだと思いますか?

大木:まず、手間暇かけて商店街の事業をやってみるということが大切だと思います。

例えば、平成9年消費税が5%になった時、不景気になり商店街の売り上げも下がったので、当時の所沢商店街連合会会長の片倉さんのご英断で、平成10年に「プレミアム付商品券事業」をやりました。市から5500万円の補助金をもらい、総額6億円以上の商品券を発行しました。お得感もあったとは思うのですが、商品券は売れました。これを始めるにあたって初回は前例がないため、所沢商工会議所の全面的な協力を得ることができなかったので、商店街が自分たちの地域で商品券を販売しました。2回目以降からは、商工会議所主催で商工会議所で販売しています。改めて考えてみると、「自分たちの手で売る」というそういった〝手間〟が大切だったような気がします。お客様は商品券を買った商店街で、やはりお買い物をすると思います。

次に、お客様の感じていることを受け止める力は必要だと思います。先ほどお話した電線の地中化という話も、最初、空を見上げた時に雲の巣のような電線がはり巡っている状態を見たら、誰でも何か思うはずなんですよね。でも、見慣れると、商店主にはそれが当たり前の風景になってしまう。

最初におかしいなとか、こうだったらもっといいのにと思ったことは、その時できなくても、忘れないようにして、どこかでその課題を克服できるチャンスがきた時にそれに向かってまい進して取り組む準備をしておくことが大事だと思います

(6)チェーン店化しているプロペ通りについて

成田:プロペ通りがどんどんチェーン店化していると地域の声も聞かれますが、それに対しては、大木さんは近年のプロペ通りをどう思われていますか?

大木:「どこでもあるお店じゃないか」と考えるのか、それとも「あ、あのお店がようやくプロペに来た」と考えるのか、それが所沢市民が喜ぶようなお店になるのかどうかという判断は、年配の人が見るよりも、若い人の方が、もっと新鮮な目で見ていけると思いますね。

個人商店がずっとやっていけるのかと考えた時に、個人がフランチャイザーになって新業態をご自身でやられるというのもひとつのやり方としてあるのではないかと思います。昨日まで競合していたはずの企業が一夜にして経営統合される実情には驚かされます。昨日まで店にあったセールスポイントが、あっという間にゼロになってしまうような、今はそんな時代です。よっぽど卓越した能力のある事業主は別ですが、ひとりの能力でやっていける時代ではなく、どうやって生き残れるのかを考える、とても大変な時代です。

成田:時代とともにしょうがないという部分があるということですか?

大木:しょうがないという部分があるのだけれど、そうであっては負けだから、いろいろな意見を投げかけたり企画を考えたりすることは個の集合体である商店街の務めだと思います。個の力はたとえ小さくても、まとまって同じ方向に向かっていけば負けないと信じたいですよね。


▲現在のプロペ商店街にて(大木敬冶さん)

成田:所沢市街地の開発が進む中、プロペ通りは、どのような方向性になるといいなと思われますか?

大木:所沢プロペには優秀な老舗のオーナーも複数いらっしゃいますし、他地域にどんな大きなものができても、なんとか盛り上げて生き残っていきたいですね。大切な自分の店もあるしね。

〝駅ナカ〟の商店街の力はものすごいものがありますよね。駅を利用するお客様を囲い込んでしまうわけですから。なら、どうすればいいのかというと、難しいことですが、その中でお客様を満たすことができないというものを商店街全域で創り出して、醸し出せるといいと思うのです。

個人のお店が業態を変えたら、高額投資が必要だし、個店が何かをやれるレベルのものではありませんから、この街は楽しいな、面白いなという、いわゆる〝街のにぎわい〟をどう創っていくのか、商店街全体で考えていくことが今後さらに必要になると思います。商店街のにぎわいづくりにいろいろな助成金などもあるので、それを有効に活用するトップの知恵と努力が必要になります。

(7)埼玉県商店街振興組合連合会と埼玉県商店街連合会の取り組み

成田:所沢商店街連合会は、どんな取り組みがありますか?

大木:所沢商店街連合会の会長としては、31の商店会が地域に大切にされ繁栄して欲しいと願っています。所沢商店街連合会ができることは少ないのですが、埼玉県商店街連合会の立場で、埼玉県の政策に意見具申や要望を出せますので、所沢の商店街が活性化するための事業を提案したいと考えています。

埼玉県商店街連合会は、昨年の例でいいますと、「行こうよ商店街」という企画を行いました。所沢で参加したのは、小手指まちづくり事業協同組合、所沢和ケ原商店街振興組合、小手指南口商工会でした。商店街に買い物に来てくれたお客様に応募用紙を渡して、それを投函してくれれば、特賞は5万円分の旅行券などの賞品が当たりますという企画。昨年は、大きな反響がありました。

小手指南口商工会と小手指まちづくり事業協同組合が近い場所にあるので、連携した関係づくりもできればいいなと思っていますし、これが成功事例として、ほかのところでも活用できるといいなと思っています。


▲昨年、実施した埼玉県商店街連合会主催の「行こうよ商店街」企画のチラシ

 

埼玉県商店街振興組合連合会でも、埼玉県の商店街の良さを再発見してもらおうと、埼玉県の商店街やその地域の名所をめぐる日帰りバスツアーを阪急交通公社とタイアップして昨年やってみたんですね。この時は、所沢はやらなかったんですが、秩父、寄居、川越、幸手の4つの商店街ツアーを企画したらいずれも大好評でした。

ガイドの案内で観光したり、商店街で買い物を楽しむなどの企画ですが、神奈川や東京のみなさんが、埼玉の商店街や史跡などに興味があるというのがつかめ、「来年も他の商店街ツアーに参加したい」という声もいただきましたので、今度、所沢もツアーコースに加えてみてはどうかと考えています。
これからも、所沢の商店街、埼玉県内の商店街のにぎわいづくりのために、所沢市の企画とも連携しながら仕掛けていきたいと思っていますので、良いお知恵をお貸しください。


▲昨年好評だった埼玉県商店街振興組合連合会主催の埼玉県の商店街をめぐるバスツアーの広告(阪急交通社)

2018年12月10日取材 成田知栄子

 



記事の執筆者プロフィール

成田 知栄子 Chieko Narita
成田 知栄子 Chieko Narita
ラジオ、テレビでの取材活動を経てフリーになり、ライター活動12年目を迎えました。情報は「人と人とを繋げ、生活をより豊かにする」をポリシーに、所沢の情報を近隣の地域に、そして全国へとお届けして、地域活性化につながればと思っています。ちなみに、所沢住民になって24年、趣味はバイオリン演奏、好きなタレントは「トコろん」です。よろしくお願いします(2019年1月)。

頂いた応援メッセージ

  1. 大木さん、大変ご無沙汰しております。柔和な笑顔とファッショナブルなお召し物、お変わりありませんね!30年前、駅前のMでは大変お世話になりました。その後昇格して都内勤務になりましたが、転職を機に結局所沢に戻って参りました。今は結婚し2人の息子にも恵まれ小手指に住んでおります。家内も息子たちも、我が家は全員所沢が大好きです。満足なご挨拶も出来ずに日々を過ごして参りましたが、こうして所沢なびさんのお力添えで、変わらぬ大木さんを拝顔出来ます事、とてもうれしく思います。お身体に気をつけて益々のご活躍と所沢の発展を微力ながらお祈りしております。

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