所沢に明治天皇が泊まった!


こんにちは。「所沢なび」ボランティアライターの“ぶん”です。

みなさん、所沢に明治天皇がお泊りになったことご存知でしょうか?

【指定年月日】昭和44年6月27日
【所在地】所沢市元町21番18号

 

明治天皇行在所跡(あんざいしょ) ~齊藤家の歴史~

その歴史を、現在の当主である齊藤武司(さいとうたけじ)さんにご説明して頂きました。

 

明治16年(1883年)4月16日~20日、明治天皇は近衛兵の演習天覧のため飯能に行幸しました。
この飯能行幸の際、行在所(あんざいしょ)として定められたのが、町の有力者であった齊藤与惣次(さいとうよそうじ)家です。明治天皇は16日、帰りの19日の2泊されました。

 

※「行在所(あんざいしょ)」とは、天皇が外出したときの仮の御所を言います。
※「天覧」とは天皇が御覧になること。飯能市の天覧山の由来はここら来ているそうです。

齊藤武司(さいとうたけじ)さん

 

町では一大盛事とあって、当日は横浜の商人から買い入れた新調の国旗を各戸に頒布して掲揚し、奉迎の意を表したと伝えられています。
表門から中門に至る両側には紫の縮緬(ちりめん)を張ったそうです。
明治天皇は写真の表門を御料馬車で中門まで入られたそうです。

 


明治天皇はここ中門で御料馬車から降りられ、8畳間に入られたそうです。
最初は西側につながっていた高床の新座敷(客間6畳)になるはずでしたが、門の正面にあることから、警備上、急遽変更になったそうです。

齊藤家の私日記によると、同家ではこの行幸に備え表門や中門を新しくし、障子・襖・畳は新調、庭も植木の手入れをしました。
また軸物や古器等を俳人から借用するなど、細かな点にも気を配ったようです。
費用の総計は233円19銭4厘もかかりました。とのことです。

当日は、屋敷の周囲を白黒交互に染め抜いた麻布の幕で張りめぐらし、表門から中門に至る両側には紫の縮緬(ちりめん)を張りました。
沿道筋には全町にわたって青竹の欄干が設けられ、勝手に奉迎することは許されず、小学生の生徒一同が青と黒の小棒縞の揃いの袴を着けて奉迎したそうです。

この幕が当日使われたものです。今は色があせ、黒くなっていますが、当時は青紫色だったそうです。

この飯能行幸の規模は供奉人総勢190名余り、他に馬車が御料馬車を1台含めて4台(牽引馬は14頭)・御料乗馬2頭・臣下乗馬23頭で宿は行在所近辺の一般民家があてられました。
供奉人総勢190名余りの人は町内宿割之図に泊まったそうです。

家具は一切取り片付けられ、床には絨毯(じゅうたん)が敷かれ宮内省が用意した調度類が備え付けられました。
また風呂も同家のものを使用せず、持ち運んできたものを裏庭に設備したとのことです。

行在所で明治天皇がどのように過ごされたのかは記録に残されていませんが、齊藤家には、徳大寺宮内卿から御下賜品として、三つ組木盃・紅白羽二重・御下賜金が下付されました。

資料参考:所沢市史

 

◇明治天皇行在所跡の見学会◇


【開催日時】
毎月第4金曜日の午後2時から午後3時 
※中止となる場合もございます。あらかじめご了承ください。

【集合場所】
野老澤町造商店集合
※開始時間の午後2時までに集合くださいますよう、お願いいたします。

【申込・問合せ】
見学日の一週間前(第3金曜日)までに文化財保護課か野老澤町造商店に直接または電話でお申込みください。

所沢市教育委員会教育総務部文化保護課 ☎04-2998-9253
又は
野老澤町造商店 ☎04-2928-1453

野老澤町造商店~まちぞう~

【参加費】
無料

【最少催行人数】
3名
※お申込みの方が3名に満たない場合、中止となります。あらかじめご了承ください。



記事の執筆者プロフィール

ぶん Bun
ぶん Bun ライター
2016年10月“所沢なび”ボランティアライターとして生まれたボクの名前は「ぶん」! 仕事は、所沢を中心に身近にある自然やおいしいもの、楽しいものを見つけみんなに知ってもらうこと。 魅力いっぱいの「所沢なび」これからもよろしくね。

もしよければ応援メッセージを頂けませんか?


この記事を気に入って頂けましたか?
所沢なびをフォローすると最新情報をお届けできます。

スポンサー

所沢なびを応援して頂いているスポンサーの皆様