所沢からNYへ。セッション・ヘアスタイリストの小室しほりさんが語る、夢を追い続けるということ
「いつか海外で仕事をしてみたい」
そんな思いを抱いたことがあっても、実際に日本を飛び出し、異なる文化の中で自分の仕事を続けていくことは、決して簡単なことではありません。
今回、所沢なびがお話を伺ったのは、ニューヨークを拠点に、雑誌やファッションショーなどで活躍するセッション・ヘアスタイリストの小室しほりさん。

▲小室しほりさん
セッション・ヘアスタイリストとは、サロンでのカットやカラーにとどまらず、雑誌の撮影や広告、ファッションショーなどの現場でヘア表現を手がけるスペシャリストのこと。
所沢出身の小室さんは、都内の美容サロンで10年以上の経験を積んだ後、セッション・ヘアスタイリストのTAKESHIさんに師事。その後、独立を経て2024年にニューヨークへ渡りました。
日本で美容師としてキャリアを積みながら、なぜ海外を目指したのでしょうか。そして、実際に海外に拠点を移して、何が変わったのでしょうか。
今回は、そんな小室さんの原点である「所沢で過ごした頃」のお話から、これまでのキャリア、ニューヨークでの生活、そして今年のニューヨーク・ファッションウィークでのお仕事まで、じっくりお話を伺いました。
所沢で過ごした学生時代。――「普通の学生」だった私が、美容師を目指した理由
現在はニューヨークを舞台に活躍する小室さんですが、かつては所沢で暮らす、ごく普通の学生だったそうです。
小室さんが暮らしていたのは新所沢。学生時代は吹奏楽部に所属し、大会にも出場していたといいます。
友人と集まって遊んだり、ランニングをしたり。パルコやプロペ通りに出かけることも多く、航空記念公園のバザーや、近所の飲食店でのアルバイトなど、所沢での日常が青春時代の記憶として残っています。
そんな小室さんが「美容師になる」と決めたのは、なんと小学校6年生の頃。きっかけの一つには、当時流行していた音楽グループ「SPEED」などの存在もあったと振り返ります。
「髪型によって、人のイメージって変わるんだなと思ったんです。自分自身も美容院に行ったときに感動した経験があって。小さい頃から、美容師になりたいと思っていました」
当時は美容師ブームという時代背景もあり、美容師の仕事が子どもながらにイメージしやすかったことも後押ししました。周囲からは「大学に行ったほうがいい」と勧められることもありましたが、小室さんの気持ちは揺らぎませんでした。
「全然動じなかったですね。サラリーマンになることも、当時の自分にはあまりイメージできなくて。美容師になりたいという気持ちは、ずっと変わりませんでした」
こうして小室さんは、幼い頃から抱いていた夢に向かって、まっすぐ進み始めます。高校卒業後は都内の美容学校へ進学。所沢から都内まで通学しながら、美容師としての道を歩み始めました。

▲小室しほりさん 作例1
「正解が分からないものに挑戦したい!」――サロン勤務から新たな世界へ
美容学校を卒業した後、都内の美容サロンで美容師として順調に技術を磨き、サロンワークに手応えを感じていた小室さん。しかしその一方で、心の中には少しずつ別の思いが芽生え始めていました。
「そつなく一通りオーダーの髪型を作れるようになって嬉しかった反面、どこか『次の新しい挑戦をしてみたい』という気持ちが自然と湧き上がってきたんですよね」
そこで興味を持ったのが、雑誌やMV、広告などの撮影に携わるセッション・ヘアスタイリストの世界でした。雑誌などで見かける髪型の中には、「どうやって作っているのか分からない」と感じるものもあったといいます。

▲小室しほりさん 作例2
「できないことを、できるようにする過程が好きなんです。正解が分からないものに挑戦することに面白さを感じました」
当時、撮影の世界で活躍していたスタイリストやメイクアップアーティストには、師匠に弟子入りして経験を積んだ人も多くいました。
小室さん自身も、何人ものスタイリストに連絡を取り、その中で師事することになったのが、セッション・ヘアスタイリストのTAKESHIさんでした。
師事した期間は3年間。そこで学んだのは、ヘアスタイリングの技術だけではありませんでした。
「技術だけではなく、現場での立ち回りや、先を読む力、準備することの大切さも教えてもらいました」
最初は「せっかちな人だな」と感じることもあったそうですが、その厳しさの中にこそ、プロとして仕事を続けていくための考え方が詰まっていました。
撮影現場では、一人でスタイルを完結させるわけではありません。ヘア、メイク、スタイリスト、モデル、フォトグラファーなど、多くの人が一つの作品を作り上げていきます。師匠のもとで経験を積んだ3年間は、小室さんにとって「技術者」から「プロフェッショナル」へと視野を広げる時間だったのかもしれません。
「好きなスタイルを作っている人がNYに多かった」――30代で決めた渡米
そして、小室さんのキャリアは大きな転機を迎えます。
2024年、30代半ばでニューヨークへ。なぜ、ニューヨークだったのでしょうか。
「撮影業界で活躍している人たちは、過去に海外で仕事をした経験がある人が多かったんです。自分も海外のトレンドや感覚を知る必要があると思いました」
海外の雑誌を見ていると、日本ではあまり見たことのない髪型がたくさんありました。「これはどうやって作っているんだろう」と思うような、未知のスタイル。その中でも、小室さんが特に惹かれたのがニューヨークのスタイルでした。
「ロンドンかニューヨークか、という感じでしたが、自分が好きなスタイルを作っているヘアスタイリストがニューヨークに多かったんです」
もともと英語にも興味があり、小学生の頃には新所沢にある英会話教室にも通っていた小室さん。渡米を決めてからはオンライン英会話にも取り組み、仕事の後や朝の時間を使って準備を進めました。そんな姿を見て、家族も小室さんの渡米を尊重してくれたといいます。
「いつか海外へ」という思いを持つ人は多くても、それを実際の行動に移すには、大きな決断が必要です。小室さんの場合、その決断を支えたのは、興味を持ったことに対して徹底的に突き進む姿勢と家族の支えでした。

▲小室しほりさん 作例3
ニューヨーク生活で変わったこと。――「分からないなら、とにかく質問する」
実際にニューヨークで生活し、活動を始めてみると、日本にいた頃とは異なる環境に戸惑うこともありました。特に撮影現場では、これまで扱ったことのない髪質や髪型に出会うことがあります。
そんなとき、小室さんが大切にしているのが「質問すること」です。
「分からないことがあったら、とにかく質問します。街中でも一般の方に現地の美容事情を聞いちゃうこともあります(笑)」
インターネットで調べれば、ある程度の情報は手に入る時代。しかし、実際に現地に住む人から直接聞かなければ分からないこともあります。知人との会話から新しい情報を得たり、現場で直接質問したり。ニューヨークでの生活を通して、人とコミュニケーションを取り、自分から積極的に情報を取りに行く機会が増えたそうです。
そしてもう一つ印象的だったのが、ニューヨークにおける美への向き合い方です。多様なバックグラウンドを持つ人々が暮らすこの街では、流行に左右されず、個人のルーツやアイデンティティを尊重する文化が根づいています。小室さんも、そうしたカルチャーに大きな刺激を受けたといいます。
「ニューヨークはとにかくみんな個性が豊か。『この人だから覚えてもらえる』という自己表現が大切なんだと思います」
さまざまな背景を持つ方が多いからこそ、「自分自身をどう覚えてもらうか」という視点も公私問わず重要になります。

▲小室しほりさん 作例4
泣くほど悔しかった、NYファッションウィーク
そんな小室さんが現在挑戦している大きな舞台の一つが、ニューヨーク・ファッションウィークです。ファッションウィーク期間中は、ブランドごとにショーが行われ、その後にはロンドン、ミラノ、パリと世界のファッション都市へ舞台が移っていきます。
現場はとにかく忙しく、モデルやアーティストをめぐる競争も激しい世界。小室さんによれば、キーとなるアーティストに自らをアピールし、そこから次のチャンスをつかんでいくことも重要なのだそうです。
「自分からチャンスを取りに行かないといけないんです」
しかし、最初からすべてがうまくいったわけではありません。初年度は新たな環境への適応や競争の激しさに直面し、自身をアピールしきれず、思うようにいかない悔しさから涙が出るほどの経験もされました。
「本当に泣くくらい悔しかったです」
それでも、小室さんはそこで諦めることはしませんでした。
「ファッションウィークの借りは、ファッションウィークでしか返せないと思って」
悔しさを次の挑戦へのエネルギーに変え、再び現場へ。そして3回目のファッションウィークでは、それまでの経験を糧に、成功体験も積み重ねることができました。
「かなり自信になった」と振り返る小室さん。失敗や負荷があったからこそ、その成功が自分自身の力になったのだといいます。ファッションの世界では、華やかな舞台ばかりが注目されます。しかし、その裏側には、何度も挑戦し、失敗し、それでも次のチャンスを取りに行く人たちの姿があります。

▲小室しほりさん 作例5
また声をかけたいと思ってもらえる人でありたい
セッション・ヘアスタイリストとして、小室さんが活動をするうえで大切にしていることがあります。それは、意外にもとてもシンプルなこと。
「基本は、自分から挨拶することです。挨拶されて不快になる人はいないと思うので」
技術だけではなく、「また声をかけたい」と思ってもらえる人になること。もちろん、プロフェッショナルとしての技術へのこだわりもあります。
モデル自身のキャラクターを考えながら、その人に合った髪型を作る。そして、単に髪型を作るのではなく、そこに一つの「ストーリー」を立てる。
「モデルも一人ひとりキャラクターがあるので、その人に合わせてストーリーを考えて髪型を作ります」
「準備している人は、チャンスを手に取りやすい」――所沢の若者へ
最後に、小室さんに、所沢で暮らしながら夢を追いかけている若者たちへメッセージをいただきました。小室さんが伝えてくれたのは、「夢を持とう」という単純な言葉だけではありませんでした。
「何事も準備が大事だと思います。一つの夢を実現させるためには、長い時間がかかることもあります」
小室さん自身、30代半ばでNYへ渡りました。小学生の頃から英会話を学び、美容師を志し、美容サロンで10年以上経験を積み、師匠のもとで3年間学び、そして海外へ。
振り返ってみれば、ニューヨークへ渡るその瞬間だけが「挑戦」だったわけではありません。そのずっと前から、所沢に住んでいるときから少しずつ準備を積み重ねていたのです。
目指す世界の成功者から「学ぶ」
では、具体的に何をすればいいのでしょうか。
小室さんが強調するのは、憧れる人の姿勢や技術をとことんインプットすること。直接その人に会えなくても、まずはインタビュー動画を見ること。そして、憧れる人の『まね』をしてみること。
こうした取り組みは、一見すると夢とは関係なさそうな「つまらないこと」でも、将来に向けた大切な準備になるといいます。
「過去に仕事でお世話になった方から、3%の人間しか思い描いたことを実現できないと言われたことがあります。でも、だからこそ、準備しておくことが大事なんだと思います」
所沢で吹奏楽部に打ち込み、パルコやプロペ通りを歩き、中央公園で友人と過ごしていた少女。小学校6年生で「美容師になる」と決め、その後10年以上にわたって美容師として経験を積み、師匠のもとで新しい世界を学び、その後ニューヨークへ。
そして今、世界中から人が集まるファッションの舞台で、自分自身の可能性を広げています。
「いつかやってみたい」と思っていることがあるなら、その「いつか」のために、今日できる小さな準備を始めてみる。小室さんの歩んできた道は、そんなシンプルだけれども力強いメッセージを、私たちに教えてくれているように感じました。

▲仕事中の小室しほりさん
編集後記
今回、小室さんのお話を伺って特に印象に残ったのは、「ニューヨークで活躍している」という華やかな現在地だけではありません。
むしろ印象的だったのは、分からないことがあれば質問し、できないことがあれば挑戦し、悔しい経験をしても、また次の舞台へ向かっていく姿勢でした。
「ファッションウィークの借りは、ファッションウィークでしか返せない」
この言葉には、小室さんがこれまで積み重ねてきた努力と、これからも挑戦を続けていく強さが詰まっているように感じます。
所沢から世界へ。
現在、夢を追いかけている方、これから何かに挑戦したいと思っている方にとって、小室さんの歩みが一つのきっかけになれば嬉しく思います。
小室しほりさん Instagram:@shihori_komuro_