狭山丘陵の半自然草原(晩夏編) -畑の遊歩道に咲く花々
狭山丘陵の西側には、さいたま緑の森博物館と呼ばれる里山の野外博物館があります。畑の間を通る農道は遊歩道としても整備されていて、農道の脇は定期的な草刈によって維持されている草地があり、半自然草原とも呼ばれます。今日は、半自然草原に生育する花々と花にやってくる虫たちをご案内します。
永石文明
上から順に咲きだすワレモコウの花
博物館案内所の駐車場の向かい側には畑の間を通る遊歩道があります。遊歩道の入り口には、臙脂(えんじ)色の花、ワレモコウが咲いていました。花といってもワレモコウには花びらはなく、臙脂色をしているのは萼片(がくへん)なんですね。ワレモコウは4枚の萼片が一つひとつの花をつくり、それが集まっているので穂のように見えるのは花が集まった花序になっています。花は上から咲き、花序の上の方から臙脂色に変わっていくので、近づいてみると花がどこまで咲いているかがわかります。
晩夏になり、花が咲きだしたワレモコウ
上から咲きだすワレモコウの花
アレチヌスビトハギは一日だけの花
駐車場と案内所の間の道路フェンスでは、アレチヌスビトハギの花が咲き乱れていました。淡紫色に花弁の奥には、虫たちを導く印、黄色の「蜜標(みつひょう:ハニーガイド)」の模様があります。一つひとつの花は一日だけ咲く花ですが、まだ蕾も多く、毎日のように咲くので、しばらくは花を楽しむことができます。
ピンクの花に黄色の蜜標、アレチヌスビトハギ
万葉集に収められた短歌の花、クズの花
茶の木が生垣になっている遊歩道の脇で咲いていたのはクズの花。クズ(葛)は「秋の七草」に入っていますが、秋の七草の始まりとなった、山上憶良(やまのうえのおくら)が二首一組の短歌を詠んでいます。最古の歌集、万葉集には、「秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種の花」、「萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 をみなへし また 藤袴 朝顔の花」の歌が収められています。最後の朝顔ですが、牧野富太郎は、奈良時代当時、まだ朝顔は日本に渡来しておらず、朝顔は「桔梗(キキョウ)ではないかとの説を採っています。ともあれ、山上億良が生きていた奈良時代、秋の花々が咲く草原がいろんなところで見られたことでしょう。
色彩豊かなクズの花
古代ロマンの花、思い草
淡紫色の花はナンバンギセルです。半自然草原の代表、ススキの草原。ナンバンギセルは、このススキの根に寄生する植物です。名の由来はパイプ(南蛮煙管)に見立てて付けられたものですが、かつて日本ではロマンのある植物でもありました。万葉集では、「道の辺の尾花が下(もと)の思い草 今さらになぞ物か思はむ」(道端の尾花(ススキ)の下の陰にある思い草のようにあなただけを思っているのに、今さら何を思い迷うことがあるでしょうか。作者未詳)というひたむきな恋の歌の花になっています。うつむいたように咲いているナンバンギセルを「思ひ草」として忍ぶ恋を連想してみてはいかがでしょうか。
ススキの根に寄生するナンバンギセル
ナンバンギセルの花の拡大
キツネノマゴは虫たちの夏の蜜源
草原で一面に咲いていたのはキツネノマゴ。花序の様子が狐の小さな尻尾のようで、子狐の尻尾よりも小さいのを見立てて、狐の孫になったのかもしれません。キツネノマゴの花は草地で吸蜜するチョウやハチの仲間にとって、夏の時期、とても大切な蜜源です。キツネノマゴの花を見ていると、やってきたのは茶色の翅(はね)をもつイチモンジセセリ。忙しそうに花と花の間を行き来していました。この蝶は9月になると、一斉に西南の方向に飛び立っていきます。お腹の赤が目立つ蜂はハラアカヤドリハキリバチ。オオハキリバチの巣に寄生する蜂で、夏の短い期間にしか成虫が見られない昆虫です。キツネノマゴの花には、いろんな昆虫がやってきます。昆虫たちは吸蜜に熱心なので、じっくり観察するのはちょうどよい機会になります。花があったら、どんな昆虫がやってくるか、探してみてはいかがでしょう。
キツネノマゴの群生
秋には西南に移動してしまう蝶、イチモンジセセリ
寄生蜂、ハラアカヤドリハキリバチ
さいたま緑の森博物館へのアクセス
バス:小手指駅南口バス停乗車、荻原バスあるいは宮寺バス停下車。バス停より徒歩約15分。
車:入間市宮寺、さいたま緑の森博物館駐車場。