秋田新道と秋田家の関わり?
皆さんこんにちは、ぶんです。
秋田新道ってご存知でしょうか?
「秋田新道」は、スカイライズタワー(埼玉りそな銀行)向かいセレモア所沢横の道のことです。
秋田家・秋田新道と東川・井筒橋・登録所の地図
今から129年前、明治22年この道の北に川越区裁判所、所沢出張所(登録所)が開設されており、秋田家が土地を提供して新設されたものです。
絵画は故峯岸正雄さん著・「むかしのところざわ百景」より
秋田新道を昇って行くと曽根坂になり、この向いに川越区裁判所、所沢出張所(登録所)があったが、今はマンションが建っていました。
東川に架かる橋は、秋田家の屋号を取って「井筒橋」と命名されました。
当時は旅館や料理屋などが立ち並び、歌舞伎座や演芸館などもできて賑わったことでしょうね。
「井筒橋」
秋田家は屋号を「井筒屋」といい、綿糸商として所沢を代表する繊維産業の発展を支えた歴史があります。
店舗を構える商家の建物で、綿糸商当時の屋敷構えがそのまま残され、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に該当するとして平成28年2月25日に文化財登録原簿に登録されました。
【秋田家の文化財登録】について詳しくはこちらを➡記事を読む
秋田家では、商売に留まらず、「所沢銀行」明治26年(1893)に設立発起人に名を連ね、秋田家(綿糸業)や向山家(織物買継商・綿糸業)など有力な繊物商人をはじめ、深井家(醤油製造業・肥料商)、齊藤家(薬種業)齊藤家(米穀商・肥料業)といった当時の所沢町を代表する豪商や資産家により設立されました。
【秋田新道】奥に見えるのはスカイライズタワー
秋田家はさらに大正2年(1013)には、町内にあった雛沢座を譲り受け、木晩町(銀座)の歌舞伎座をモデルにした舞台、花道、升席、玄関など改装し名称も「歌舞伎座」として大正2年に華々しくこけら落しをした。
当初は小屋にまだ電灯線がひかれておらず、ガーバイトガスによる照明で芝居が行われ、幕間には水菓子(果物)などが売られ、冬場には座布団のほか小さな火鉢も希望者に用意してあった。
ところざわ歴史物語 : 歌舞伎座(秋田芳活氏所蔵)
参考資料
むかしのところざわ百景・ところざわ歴史物語・所沢歴史講座
絵画は故峯岸正雄さん著・「むかしのところざわ百景」より