【リポート】吾妻教養講座「文学のススメ 宮沢賢治〜なめとこ山の熊〜」を終えて
▲令和2年度 吾妻まちづくりセンター主催「吾妻教養講座」が開催されました。
▲講師:及川 道之さん(秋草学園短期大学教授)
「読んでおいてよかった」と思える出会いのきっかけに
まず及川先生の、読書体験のお話から始まりました。
それは「星の王子さま」。
「童話だと思って読みはじめたら大間違い。分かろうとすると分からない本だった。」と…。
そんな及川先生、ある時快速電車に乗ったために降りる予定だった駅を通過。珍しく、乗り越してしまいました。
電車を乗り換えるために駅を降りてふと目をあげると、そこには青空に映える紅葉。
▲写真はイメージです
先生のふるさと岩手県ではそろそろ冬景色になる頃。この景色の素晴らしさに感動し、「これを見るために乗り過ごしたんだ。」と思うことができたそうです。そう思えたのは「星の王子さま」を読んだから。読む前だったら、「あー、乗り過ごした。時間がもったいない。」などと思ったかもしれないのに、と。
「この講座も読んでおいてよかった、と思えるきっかけになればいいなあと思っています。」と言う先生の言葉がとても心に響きました。
所沢の地にまだ疎い私は、まさに講座当日こんな経験をしていていました。
自宅から初めて伺う吾妻まちづくりセンターへ自転車で向かったところ、予想以上の道のりに少々苦戦。時間に間に合うだろうかと不安になり、ふと目をあげた時にあったのがこちらの景色。
▲小さな桜の木にこんなに花が…
講座開催日周辺は記録的な暖かさでした。とは言え11月後半。こんな時期に桜を見たことに戸惑い、少々混乱したまま会場入りしたところだったのです。この経験はこの講座を聞くための準備だったに違いないと思い、期待で胸が膨らみました。
故郷とどう向き合うのか
資料として、及川先生がかつて「故郷とどう向き合うのか」という講演をされた時のレジュメが配られていました。
同じ場所にずっと住んでいると「故郷」という言葉はピンと来ないかもしれません。でも故郷は「離れてみないと向き合うのが難しい」というわけではありません。「自分の人生とどう向き合うのか」「記憶をもう一度思い出す作業」「人生の中で手にしたもの、できなかったものを振り返る作業」が、「故郷と向き合うこと」ではないでしょうか。
そんな前置きの後『なめとこ山の熊』を読み解いていかれました。
いきなり登場する有り得ない高さの滝。あまりにも美しい母子熊の会話。幻想的にも思えた物語は突然現実味を帯びます。山では熊捕りの名人である主人公・淵沢小十郎が、熊の皮と肝を売りに行く段になると突然惨めな存在に…。語り手の「僕」の感情も溢れ出します。
及川先生はこんな風におっしゃいました。
「賢治先生が故郷岩手県花巻を『イーハトーブ』という理想郷に置き換え、出版の予定のない童話を手直ししながら生活していたのは、自分の故郷、おいては人生と向き合い、折り合いをつけながら生活をしていたからではないでしょうか。」
(※岩手県出身の先生は「賢治」と呼び捨てるのは憚られ、「賢治さん」「賢治先生」と言う方がしっくりくるそうです。そう言えば岩手県出身の私の友人も「賢治さん」と言っています。)
講座の最中、いろいろな記憶が呼び覚まされました。
私は学生の頃、宮沢賢治の講義をとても楽しみに受講していました。卒業して数十年。国文学とはだんだん疎遠になり、宮沢賢治が亡くなった年齢よりずいぶん年上になり、故郷を離れ、コロナ禍でもある「今」、吾妻まちづくりセンターという「この場所」で岩手県出身である及川先生の、3月に行われるはずだった講座を受講する機会に恵まれて、「なめとこ山の熊」と言う作品に再会できたこと…。「めぐりあわせ」ということについてしばらく思いを馳せました。
忘れられない読書体験になりました。
2020年11月20日 カケミヅ