エゴノキとつながる動物たち
-蜂・象虫・落とし文・山雀-
梅雨の季節に咲くエゴノキの花。下向きの白い花なので、緑の葉の繁る雑木林の中では目立たないのですが、エゴノキは、花から葉、果実まで、いろいろな動物たちとのつながりがあり、興味深い植物です。
永石文明
エゴノキの花が満開です。
梅雨に入るころ、狭山丘陵ではエゴノキの花が咲きはじめます。里山に多く生え、コナラやクヌギとともに雑木林を代表する木といっていいでしょう。果実を噛むと喉や舌を刺激してえぐい(えごい)ことから、日本では「エゴノキ」という名前がついています。学名では、Styrax japonica(スティラクス・ヤポニカ)で、「日本の」という意味のヤポニカが入っていますが、日本以外にも朝鮮半島や中国大陸でも自生しています。中国の表記では「野茉莉」と書きます。
▲花が咲き始めたエゴノキ(入間市宮寺・緑の森博物館・5月)
垂れ下がる白い花
エゴノキは、湿潤で日あたりのよい山地を好み、樹高8mほどの小高木です。花は白色で、下向きに咲きます。花冠は深く切れ込んだように5つに分かれて筒部が短く、離弁花のように見えますが、筒部のある合弁花です。材は白くて均一で、緻密で割れにくく工作がしやすいことから、古くからロクロの木や、クワの柄や人形の材に用いられてきました。
▲垂れ下がるエゴノキの花(入間市宮寺・緑の森博物館・5月)
花粉を集めるマルハナバチ
エゴノキの花には花粉集めにやってくる昆虫がいます。狭山丘陵でよく見かけるのはトラマルハナバチです。マルハナバチの仲間は多くの植物にとって花粉の送受粉を担ってくれる大切な昆虫です。写真のマルハナバチは後ろ脚に黄色い塊が見えますが、これは集めた花粉をくっつけて運ぶ部分で「花粉かご」と呼ばれるものです。マルハナバチの体は長い毛で覆われているため、体の毛にも花粉がたくさん付き、エゴノキの他の花の雌しべに花粉が付くことで受粉します。マルハナバチの働き蜂は腹部の先端に毒針を持っていますが、温和な性格で、触ったとしても人にさすことはほとんどありません。
▲エゴノキの花粉を集めにやってきたトラマルハナバチ(所沢市糀谷・緑の森博物館・5月)
落とし文の秘密
エゴノキの葉には体長8㎜ほどの全身が黒い昆虫がやってきます。この昆虫はエゴツルクビオトシブミといい、幼虫の食べ物になっています。オトシブミの母親がつくるのが揺籃(ようらん)と呼ばれるものです。母親はエゴノキの葉に卵を産みつけますが、揺籃づくりに適当な大きさの葉を探して、触角で触れながら、葉の縁から中央の脈まで噛み始め、脚と口を使って上手に筒を作ったあと、筒の奥に径1㎜ほどの卵を1個産みつけます。揺籃は、夏鳥のホトトギスの鳴きだすころと一致することから、ホトトギスが送る手紙になぞらえて「落とし文」と名付けられています。
▲エゴツルクビオトシブミの雌(所沢市糀谷・緑の森博物館・5月)
▲エゴツルクビオトシブミの揺籃(所沢市糀谷・緑の森博物館・5月)
エゴノキの果実に来る昆虫
エゴノキの果実は直径2㎝ほどで丸い形をしています。盛夏、未熟でまだ緑色のエゴノキの果実では、体長が8㎜ほどの小さな昆虫が見つかることがあります。エゴヒゲナガゾウムシです。雄はまるで牛のような頭に見えることから、別名ウシヅラヒゲナガゾウムシとも呼ばれ、頭部の側面が突出し、複眼が両側の先端にあって、風変わりな昆虫のように見えます。雌は大あごで果実をかじり、時間をかけて種子に届くまで小さな穴を空けます。穴を開け終わると、体を反転してお尻の先にある産卵管を穴に差し入れて、種子の内部に卵を一つ産み付けます。卵から孵化した幼虫は種子の中身を食べて成長します。幼虫は落下後の種子の中で成熟し、冬を越してから、翌々年の夏に蛹を経て、羽化します。
▲エゴノキの果実にとまる雌のエゴヒゲナガゾウムシ(入間市宮寺・緑の森博物館・7月)
▲産卵に訪れた雌のエゴヒゲナガゾウムシ(入間市宮寺・緑の森博物館·7月)
種子を運び、ゾウムシの幼虫を食べるヤマガラ
エゴノキの種子はヤマガラの大好物です。ヤマガラは狭山丘陵やその周辺の雑木林で、一年中みられる鳥です。漢字では「山雀」と書きます。ヤマガラは、秋になると枝に付く熟した果実を取って枝の上で、種子を嘴で割って食べることが多くなります。晩秋にはエゴノキの種子を樹皮や根のすきまに埋め込むこともします。この埋め込む行動は餌の少なくなる冬にそなえての貯食行動です。ヤマガラが一方的にエゴノキから利益を得ている関係のように見えますが、エゴノキにとってヤマガラは大切な存在でもあります。一つは貯食した種子を忘れて食べなければ、新天地で芽を出して新たなエゴノキを芽生えさせることになります。実際にエゴノキの分布拡大はヤマガラの存在なくしてできないという研究もあります。また、ヤマガラは、エゴヒゲナガヒゲゾウムシの幼虫を好みます。晩秋から冬にかけては落下しているエゴノキの種子を探して枝に運び、嘴で割って、中から幼虫を取り出しで食べます。エゴノキにとってこのゾウムシはエゴノキの害虫になることから、ヤマガラがエゴヒゲナガゾウムシの幼虫を食べることで、エゴノキの害虫が増えすぎないようにしていることになります。
▲産卵痕のある種子を探すヤマガラ(入間市宮寺・緑の森博物館・3月)
▲産卵痕のあるエゴノキの種子をくわえたヤマガラ(入間市宮寺・緑の森博物館・3月)