狭山湖の根古屋城跡とは!?


ボランティアライターの“ぶん”です。

前回、所沢には「お城(山城)」はいくつあったの?」という題目でした。
所沢には「山口城跡」「根古屋城跡」「滝の城跡」と三箇所確認されています。
今回は狭山湖にある「根古屋城跡」を取り上げました。
 

【お城ってなんぞや?】

日本のお城は石垣が高く積み上げられ、その上には白壁の天守閣が空高くそびえている。そんな想像をすることでしょうね。城が美しい姿になったのは、天正7年(1579年)織田信長が安土城を築いてからです。それ以前の城は古代(奈良・平安時代)外敵の侵入を防ぐために周りを柵で囲み、水のない堀を巡らせた環濠集落が、城の始まりと言われています。この頃の古い城は、山や小高い丘に造られた山城は、古代、中世、戦国時代と、全国に3万~4万あったと言われています。

 

【根古屋城跡】

根古屋城跡は、狭山湖の「左岸」を渡ったところから西へ1キロほど行ったところにあります。城跡は、湖畔に面した小高い場所にあって、郭(城の囲い)や土塁、空堀が昔のままに残っているそうです。現在は東京都の上水道として供給されていますので、東京都水道局が管理しているため見学はできません。そこで、段ボールで模型を作ってみました。

狭山湖は昭和9年に完成した人造湖です。狭山湖を造るためには、勝楽寺村(しょうらくじむら)と山口村の一部が湖の底に沈むことになり、282戸、1720人が住みなれた土地を手放して村を離れることになったそうです。また、昭和17年3月「山口城跡」と「根古屋城跡」が同時に県指定史跡に指定されています。


段ボールで作った根古屋城跡です。上から見た模型です。


狭山湖
 

【地名の由来】

根古屋城の名前ですが、「根古屋」とは中世(鎌倉~南北朝~室町~戦国)、山の地形を利用して築いた城で山城といい、武士や兵隊たちは普段は山麓の屋敷に住み、農作業を行い、戦時になると城に立てこもっていました。その屋敷が山の根にある小屋、もしくは寝るための小屋として呼び、「寝小屋」とも書き、いつしか城の名を根古屋というようになったものです。

中世城郭の代表的名称として全国各地に配布されており、埼玉県内では「根古屋」を称する城跡は「名栗の根古屋城跡」「横瀬町の根古屋城跡」などがあります。

出丸(でまる)は「本丸」から少し離れたところに、土や石で築き巡らした囲い、敵の敵情を探ったり見張りをしたりする目的で造られました。
 

【測量調査】

昭和53年2月10日より測量の本調査が実施されましたが、築年代および城主について諸説があるが、はっきり分からないようです。城跡の規模は東西220メール、南北220メールであることがわかり、本丸、二の丸、土橋、東丸、腰曲輪、馬出し、土塁などが分布しています。

狭山丘陵という、敵を防ぐのに適している所を利用しているので、標高は本丸北側土塁で137メール、最低位が北東岸付近で117メール、また、本丸土塁上には樹齢200年以上の杉の古木があるそうです。

昭和50年に貯水池の水が排水された際に、遺跡の調査が行われ、丘陵部から、奈良、平安時代の遺物が採集され、土塁内、湖岸崖面から打製石釜、縄文土器片が採集された。

 

【城主は?】

城は、誰がいつごろ造り、どのような歴史をもっているか、はっきり分かっていません。

(所沢市史:上巻)において諸説があるが村山党山口氏の所領である事から、山口氏による築城であると推定している。『山口氏系図』によれば山口小太郎高忠が明徳から応永の頃(1390~1428)に築城した」。とも書かれてあります。

前回山口城跡を調べたとき、「平安時代末期から鎌倉時代・室町時代にかけて武蔵七党の村山党から分かれた山口家継によって築城され、以来代々山口氏の居城となる」ことから、根古屋城跡は山口氏が築城したと思われますね。


 

【根古屋城跡の模型作り!】

狭山湖は東京都水道局が管理する、東京都の上水道として供給されていますので、「根古屋城跡」を見学することはできません。そこで、今回は段ボールで模型を作ってみました。

①まず、所沢市発行『所沢市史 中世史料』の中の根古屋城跡の概略図を230%拡大し、それを元に「二の丸」「東丸」「土台」三つを段ボールで型取りし、「本丸」と「出丸」部分を一段一段大きく切り抜き山形に作っていった。

根古屋城跡の概略図

②次に段ボールのパーツをボンドで接着し、一晩乾かした。

③水彩絵の具で、山肌の緑の部分と平地の茶色の部分を塗った。

根古屋城跡の山城を紹介しましたが、いかがでしたか?

私のおすすめは、東所沢にある滝の城です。もし、行かれることがあれば、これからの季節、雑草が枯れてから行かれる方が、山城の形を見やすいです。

以前紹介した滝の城です。
http://tokorozawanavi.com/news-bun20170321/

 

参考資料:所沢市史調査資料・所沢市史(中世史料)・所沢市史(上)・ところざわふるさと散歩・埼玉の城址


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記事の執筆者プロフィール

ぶん Bun
ぶん Bun ライター
2016年10月“所沢なび”ボランティアライターとして生まれたボクの名前は「ぶん」! 仕事は、所沢を中心に身近にある自然やおいしいもの、楽しいものを見つけみんなに知ってもらうこと。 魅力いっぱいの「所沢なび」これからもよろしくね。

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