狭山丘陵の生きものたち(初秋編) -湿地に咲く花々と小さな生きものたち


10月になり、すっかり秋めいて朝夕が涼しくなってきました。狭山丘陵では、秋に咲くさまざまな花や小さな動物たちを観察することができます。今回は、所沢市糀谷と入間市宮寺にある「さいたま緑の森博物館」の両域で見られる生きものたちをご紹介します。
 

永石文明

 

緑の森博物館大谷戸湿地(入間市宮寺)
 

緑の森博物館八幡湿地(所沢市糀谷)
 

羽織袴の紋所をもつ蝶

アキノタムラソウ(秋の田村草)の花を見ていると、ひらひらと飛んできて翅を開いて止まった蝶がいました。ダイミョウセセリです。黒地に白帯のある模様が特徴のこの蝶は、名の由来が江戸時代の大名家の羽織袴の紋所を連想させるといいます。幼虫は所沢の地名の由来とされるトコロを食草として育つので、所沢とは縁のある蝶ともいえます。
 

アキノタムラソウ(シソ科)とダイミョウセセリ(セセリチョウ科)
 

湿地など湿ったところで群生して生えるのはツリフネソウ(釣舟草)。紫色の花弁は3枚あり、花の形は小さな小舟を釣ったかのような特異な形をしています。だから釣舟草なんですね。種子はホウセンカの果実と同じく、はじけて飛び散ります。
 

秋の湿地に似合うツリフネソウ(ツリフネソウ科)
 

柚香菊の名の由来は?

秋になって最初に咲く野ギクはユウガギク。狭山丘陵でも群生して咲くのでよく目立ちます。ユウガギクは漢字で柚香菊。花を潰すと柚子の香りがすることが名の由来だとか。しかし花や葉をいくらかいでもそんな香りはしないので、どうして名の由来になったのかわかりません。ユウガキクの特徴は葉が羽状に裂け、枝がよく分岐するところです。学名はAster iinumae(アステル・イイヌマエ)といいます。種小名の「iinumae」は江戸時代の本草学者で、リンネの植物分類法を日本で最初に採用して『草木図説』を出版した飯沼慾斎(いいぬま・よくさい。1782~1885年)です。
 

群生するユウガギク(キク科)
 

人知れず咲く美しい花、ハシカグサ

今ごろ咲いているころだろうなと思って目を凝らしてハシカグサを探してみたら、ありました。なにしろ小さすぎて、気が付きにくい花です。漢字で「麻疹草」と書きます。名の由来の一つは、葉が乾くと赤褐色の斑点状の模様が現れる様子が、はしかの発疹の症状に似ているからとか。ハシカグサは直径2ミリほどしかない、とてもとても小さな白い花。人知れず、咲いて散っていきます。牧野富太郎が発見した新種の一つにヤマトグサがありますが、同定の参考となる植物標本がなかったために当初はハシガグサと思われていたそうです。
 

ハシカグサ(アカネ科)の白い花
 

トウガラシ由来の小さな花

アゼトウガラシ(畦唐辛子)は、湿ったところに生えますが、八幡湿地では普通に見られます。花の大きさは1㎝も満たないのですが、白地に淡紅色の混じった華麗な色合いをしています。名の由来は畦に生え果実が披針形でトウガラシの果実(元来の唐辛子の果実は披針形で先が尖る)に似ていることから。水田は人間が作り出した人工的な湿地ですが、もともと代替湿地としてカエルやトンボなどの動物と湿性植物、そして微生物どうしがつながりあった半自然の水田生態系ができていました。しかし、近年、国内では、農地改造や農薬・化学肥料で生態系がくずれ、こうした花々が見られなくなっています。生態系が保全されている八幡湿地では今でもアゼトウガラシの群生する姿が見られます。
 

色の配色が美しいアゼトウガラシ(アゼナ科)
 

露草か着草か、はたまた付草か月草か

ツユクサ(露草)の名の由来は、花が早朝に咲き、昼には閉じてしまうことから、その短命な花として、あるいは夜明けと共に開き、露を帯びた花として、露草と呼ばれるようになったといいます。また、古くは、花で衣類などを染色したことから付いた名として「着草(ツキクサ)」という説、色が付着しやすいので「付草(ツキクサ)」という説、さらに夜の暗いうちから月光を浴びて咲くので「月草(ツキクサ)」という説など。しかしロマンあふれる『万葉集』では「月草」の表記が多いようです。
「朝露(あさつゆ)に、咲きすさびたる月草(つきくさ)の、日斜(ひくたつ)なへに、消(け)ぬべく思ほゆ(作者未詳)」(朝露をうけて咲いていた月草が、日が暮れるにつれてしぼんでゆくように、あなたを待っている私の心も消え入りそうになります)。
 

鮮やかな青色の花弁、ツユクサ(ツユクサ科)
 

名前が面白い、鳥の糞だまし

遊歩道の脇にあるススキの葉にまるい形の変わった生きものが止まっていました。黄褐色の脚と白色の胴体で、とりわけ目立つのは2つの円状の紋。これは蜘蛛の仲間のトリノフンダマシ(鳥の糞だまし)です。その姿や色が鳥の糞に似ていることが名の由来です。夜行性のクモで、日中はずっとススキなどの葉で脚を縮めてじっとしています。夜の蜘蛛の観察会をしたことがありますが、ススキに囲まれた遊歩道を歩いてみると、両脇から大きな円い網を張っているトリノフンダマシがたくさんいて、驚いたことがあります。
 

鳥の糞に似たトリノフンダマシの雌(コガネグモ科)
 
緑の森博物館八幡湿地へのアクセス
バス:小手指駅南口バス停乗車、糀谷バス停下車。バス停より徒歩約10分。
車:所沢市糀谷・さいたま緑の森博物館所沢市域・県営駐車場。
 
緑の森博物館大谷戸湿地へのアクセス
バス:小手指駅南口バス停乗車、荻原バス停下車。バス停より徒歩約15分。
車:入間市宮寺・さいたま緑の森博物館入間市域・県営駐車場。


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nagaishi

所沢市に引っ越してからすぐに『所沢市の自然』(所沢市発行)の企画に参加させてもらったのが最初の所沢との関わりです。市内をくまなく回って撮影したり原稿を書いたりするうちに所沢の自然の魅力にはまりました。自然が好きで、狭山丘陵自然史研究会では雑木林や湿地、川の生物の調査研究のほか、大学(東京農工大学・立教大学)では自然環境の保全や自然保護文化論を担当しています。趣味の自然への旅が高じて毎日新聞旅行ではネイチャーガイドをしています。

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