大正10年の「七夕の日」に上棟式が行われた意味に思いを馳せる~【リポート】旧石川組製糸「西洋館」付随の幻の茶室~


西洋館にかつてあった本格的な茶室についての講演が開催されました。講師は入間市博物館の学芸員、安部清子さん。元々3月に開催予定でしたが、新型コロナ感染拡大に伴い延期。その間にも安部さんの調査は進み、延期されたからこそ判明した事実もありました。その内容をご紹介します。

2021年6月19日 カケミヅ


▲画像提供:入間市博物館 ALIT

旧石川組製糸「西洋館」付随の幻の茶室〜石川幾太郎の茶室と石川源一郎の茶室〜

テレビ番組やCMなどのロケ地としても人気の旧石川組製糸西洋館は1921(大正10)年7月7日に上棟式が行われた洋風木造建築です。
旧石川組製糸西洋館についてはこちらの記事で▶︎「1921年7月7日に上棟式が行われていた【旧石川組製糸西洋館】〜見どころを聞いてみた〜」https://tokorozawanavi.com/news-kakemidu20210629/


▲庭木は日本庭園風
西洋館は9代石川幾太郎(1893〜1937)によって迎賓館として1921(大正10)年上棟、1922〜1923(大正11〜12)年頃に建てられました。当時の敷地は今よりずいぶん広く、立派な庭園の中に建っていたようです。


▲講演会行われたのは本館1階食堂

西洋館の敷地にはかつて、9代石川幾太郎(1893〜1937)の茶室と、幾太郎の孫で11代石川源一郎(1912〜2002)の茶室があったそうです。

9代石川幾太郎の茶室があったのは1924(大正13)年から1938(昭和13)年頃のこと。実際に見たことがある方からの聞き取りや、米軍による航空写真によると茶庭・茶室・路地・腰掛け待合…眼鏡橋のかかった池などもあったそうです。

11代石川源一郎の三畳台目の茶室は、国道16号線の拡張工事によって2004(平成16)年に取り壊されました。安部さんは茶室について調査を行い、その成果を紀要に執筆しています。(入間市博物館紀要第3号)

茶室の資料や刊行物についてはこちらでご確認ください。
https://www.alit.city.iruma.saitama.jp/irumashiseiyoukan/bekkan/

七夕の日との関わりに思いを馳せる

階段の彫刻に注目!

ところで西洋館の階段…

▲画像提供:入間市博物館 ALIT


▲製糸工場を象徴するような糸の束が彫られています。
講演会の後、西洋館の見どころを聞きながらの館内見学があったのですが、入間市博物館の職員である大久保さんの説明によると、糸の束に紐がクロスにかかっているのは、キリスト教を信じていたこととか、地名の「黒須」(クロス)も関わりがあるかも?と、ここにもいろいろ想像する楽しみがあるようですよ。

安部さんは、この「糸の束」から…「機織り」…「織姫」が連想され、上棟式の七月七日が七夕の日であるのには意味があるのではないか、と考えられています。

素敵ですね!

和室のテーマは?

2階の和室を見てみましょう


▲安部さんに丁寧に解説していただきました。(画像提供:入間市博物館 ALIT)


▲西洋館本館和室(画像提供:入間市博物館 ALIT)
(手前右の扉は進駐軍の接収時に床の間がクローゼットに改修されてしまったものです。)

この和室、テーマは「水」。


▲①上段:欄間 ②下段左:壁紙 ③下段右:彫刻
①欄間は川越の彫刻師野本義明(1892〜1928)により江戸時代の絵師酒井抱一の流水紋を写して彫られています。
②綺羅の漉き紙:柄は青海波(セイガイハ)。
③波の彫刻などもあります。

安部さんは、水がテーマの和室や綺羅のキラキラから「天の川」が連想され、やはり、上棟式の七夕の日に因んでいるのでは?と考えられているそうです。

…本当に素敵です!!

しかも石川幾太郎の俳号が「水心」だということにも、確かにロマンを感じます。元々あった茶室も、一体どのようなものだったのでしょうね…。

家紋の「笹竜胆(ささりんどう)」も星に見立てられているのではないか?などと、七夕の日との関連の想像がとめどなく膨らんでいきます。


▲玄関天井にある家紋の「笹竜胆(ささりんどう)」

三畳題目茶室の痕跡

さて、11代石川源一郎が建てた三畳台目の茶室。

▲写真左の平屋建ての別館と繋がっていたそうです。(2018年7月7日撮影)
近づいてみましょう。

▲この辺りだそうです。角度を変えると…


▲確かに茶室の痕跡が…
明治時代の大邸宅では、洋館と和館を並べて建て、和館を日常生活空間、洋館を公的な接客空間として使い分け、洋館と和館は船底天井の渡り廊下で繋いでいたそうです。まさにその形ですね。


▲左:現在の別館にある和室 右:かつて茶室に繋がっていた廊下

別館に繋がって存在していた茶室は、古い航空写真で確認すると1946(昭和21)年には存在したことが分かります。今回の調査では石川嘉彦氏より、「父(源一郎)が昭和21年に京都の職人を連れて来て作った。」という話も伺えたとのことです。

当時西洋館は進駐軍に接収されていましたが、商談などで利用するために使われていたのかもしれないのだとか…。

茶室は2004(平成16)年、国道16号線の拡張工事に伴い撤去されました。


今後もどこからか資料などが出てきて、幻のお茶室の姿がもう少しわかる日が来るかもしれません。

年を経て益々愛され続けていくであろう西洋館の未来の展開にもロマンを感じます。

西洋館の詳しい公開日・イベント情報等は旧石川組製糸西洋館のFacebookをご覧ください。

施設情報

旧石川組製糸西洋館


▲画像提供:入間市博物館 ALIT
【所在地】入間市河原町13-13
【アクセス】西武池袋線 「入間市駅」北口から徒歩7分
【旧石川組製糸西洋館のFacebook】irumashiseiyoukan



記事の執筆者プロフィール

カケミヅ KakemiduPRO
高知で生まれ育って2018年に埼玉に引っ越してきました。所沢なびライターとしてふるさとの文化についてご紹介できるようになれればと思っています。趣味はiPadでイラストを描くことです。

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